ヤク草
「新米の冒険者は、大抵間違える。そして、間違えたことにすら気づかずに、戦い続けるのだ」
「はぁ……最近、疲れてるな」
思わず俺はそう呟いてしまった。すると、信じられないという顔でアニマが俺を見る。
「へぇ。何もしないでいても、疲れるものなのね」
「……ああ、そうだよ。なぁ、何か体力回復するものないか?」
「残念だけれど、アナタにあげるようなものはないわね」
はっきりとそう言われてしまい、さすがに俺も少しムカついた。
「……ん? おい。それなんだよ」
と、たまたまそのまま視線を移した先には、小さな植木鉢が置いてあった。
「その草……なんだ?」
俺はそういって植木鉢を指差す。アニマは面倒くさそうに俺の指さした先を見る。
「……ああ。ヤク草ね」
「……薬草? あの、冒険者が魔物と戦う時、体力を回復するために使う?」
「ええ。でも、あれは、ヤク草……まぁ、大抵の冒険者が間違って使っているらしいけど」
アニマはそういって興味なさそうだった。ちょっとアニマの言っている意味がわからなかったが……俺は立ち上がり、生えている草の葉っぱを1つ手にとった。
「これ食ったら、体力回復するのかな?」
「……やめなさい。食べるなんて。死ぬわよ」
「はぁ? なんだそりゃ。薬草の葉っぱだろ、これ……」
そういって、俺は葉っぱを口元に持っていった。すると、葉っぱからなんとも香ばしい匂いがしてきた。
「……う……うおおお!」
俺は思わず叫んでしまった。アニマが驚いて俺を見ている。しかし、そんなことはもうどうでも良かった。
身体から力が漲ってくるのだ。今まで感じたことのない感触だった。
「……いよっしゃぁぁ! アニマ! 今なら俺、なんでもできる気がするぞ!」
「気のせいよ……落ち着きなさい」
「いや、大丈夫だ! ああ! そうだ! この前俺をボコボコにしやがった街のチンピラを成敗してくる! またな!」
そして、躍動する心のままに、俺はそのまま店を飛び出した。
俺がマジック・ジャンクに戻ってきたのは、それから約数時間が経ったことのことであった。
「……う、うぅ……」
ボロボロになりながら俺はアニマの店先にやってきた。
「……あらら。やっぱりこうなっちゃったわね」
アニマが困り顔で腕組をしている。
「あ、アニマ……あれ、なんだったんだ?」
「だから、ヤク草って言ったでしょ? あれは体力を回復する薬草なんかじゃないわよ。匂いだけで異様な興奮作用をもたらすの」
「……え? な、なんだよそれ……ヤバイんじゃないのか?」
「ええ。ヤバイわよ。でも、冒険者の多くが薬草として使っているのは、あれなの。つまり、彼等は体力が回復したと思って、満身創痍の興奮状態で、魔物に突っ込んでいくわけね」
俺はそれを訊いて、ものすごく嫌な気分になった。
どうやら、インチキ魔宝具なんかよりも、よっぽど質の悪いものが、世の中には出回っているらしい。
「……というか、アナタ、ボロボロじゃない」
「あ、ああ……普通に返り討ちにあったからな」
「仕方ないわね。『やくそう』を塗ってあげるから、早くお店の中に入って」
「え……それって、どっちの?」
アニマは何も答えず、ただ、意味深にニッコリと微笑んでいたのだった。