魔女の日記 第三巻(前編)
「……ったく、ホント、とんだ目にあったぜ……」
アニマとの死闘の翌日。俺は部屋でのんびりとしていた。
セピアは買い物に行っているので、当分帰ってこない。家の中にいるのは俺だけである。
「タイラー。ちょっと」
しかし、そうではなかった。
そうだった……俺以外にも家の中にいるのだった。
「……なんだよ、フォルリ。俺は昨日のことで疲れてんだよ。そっとしておいてくれ」
長身の魔女は、その大きな身体に見合わず悲しそうに目をオドオドさせている。
そんな様子を見ていると、俺もどうにも放っておけなくなってしまった。
「……わかったよ。で、何のようだ?」
「その……アニマから、これ、貰った」
そういってフォルリは俺に一冊の本を差し出した。
見覚えのある装丁……これは、おそらくアニマの日記だろう。
「なんだよ……これ、俺に読めってことか?」
「おそらく。私も一緒に読む」
「はぁ? お前も一緒にって……まぁ、いいや、とりあえず、本開くぞ」
俺はそういって、アニマの日記を開いた。
その瞬間、以前と同じように一瞬にして意識が途切れたかと思うと、次の瞬間には瞬時に元に戻っていた。
「……ここは?」
俺は周囲を見回してみる。
どうやらここは、以前来たことのあるアニマの工房のようだった。
「ここ、アニマの工房」
と、俺がそう思っていると、隣でフォルリがそう呟いた。
「ああ、そうだな……で、一体どういう記憶なんだ?」
俺がそういうと、工房の扉が開いた。
「だから、フォルリ。言っているでしょう? そうやってメソメソしていても、何も解決しないんですよ?」
と、入ってきたのは幼いアニマだった。やけに丁寧な口調は以前日記で出会った時と変わらなかかった。
そして、一緒に入ってきたのは、そのアニマより幾分背が高い女の子だった。
「フォルリ……あれ、お前か?」
俺がそう言うとフォルリは恥ずかしそうに顔を逸らした。
金色の髪に青い瞳……どこか抜けている感じは、どう見ても幼いフォルリである。
「すまない……でも、私、魔法使えない……役に立たない……」
と、幼いフォルリはどこかで聞いたことのような事を言っていた。
すると、アニマは優しくフォルリに微笑む。
「フォルリ……こんな世界で魔女であってもいいことなんて一つもありません。魔法が使えなくたっていいんです。私は確かに、アナタの何倍も魔法を上手く使えるけれど、それで得したことなんてなにもないのですから」
「……そう、なの?」
フォルリが不安げにそう訊ねると、アニマは大きく頷いた。
「ほら。わかったら、もうメソメソしないで。アナタには本に変身できるっていう、私にもできない特技があるじゃないですか」
「でも……誰も私を使ってくれない……」
「大丈夫です。いつか、きっと、アナタをちゃんと使ってくれる素敵な人が現れるますから」
アニマがそういって微笑むと、ようやくフォルリも笑顔になった。
「アニマ姉様! そろそろ出かけますよ!」
と、どこかで聞いた声……あれは、代償魔宝具売りのメンテの声だ。
「メンテが呼んでいますね……フォルリ、アナタはどうしますか?」
「……私、工房に戻る。アニマの言うこと、信じてみる」
「そうですか……では、また」
そういって幼いアニマとフォルリはそのまま扉から出て行ってしまった。