夢見る童話(後編)
「……え?」
と、見ると、巨大な鎧が、俺の目の前に立ちはだかっていたのだった。
「タイラー! 逃げなさい!」
言われるまでもなく俺はその場から逃げ出した。しかし、鎧の騎士は俺に狙いを定めているかのように、そのまま俺の方に向かってくる。
「くっ……こっちよ!」
アニマの声がすると共に、黒い炎が騎士を包む。騎士はアニマの方を向いた。
今だ……俺はそのまま玉座に向けて走った。
そして、そのまま玉座に置かれた本を掴む。
「あ、アニマ! 取ったぞ!」
しかし、アニマは俺の返答に応える余裕はないようだった。黒い炎を物ともせずに、鎧騎士はそのままアニマに向かっていく。
「な……ど、どうすりゃいいんだ?」
俺は本を見る。
豪華な装丁をされた本だ。紙は古びているというのに、まるで装丁には傷一つ付いていない。
「タイラー!」
と、アニマの声が聞こえた。
アニマは懸命に騎士の攻撃を避けながら炎を食らわせ続けている。
「本よ! 本にキスしなさい!」
「……はぁ!?」
「いいから! とにかくキスしなさい!」
本にキスする……意味がわからなかったが、俺もぼやぼやしていられなかった。先ほど開けた扉の先に、大勢の鎧騎士達の姿が見えたのである。
「く、くそっ!」
俺はそのまま勢いで本に表紙にキスをした。
すると、おどろくべきことに本が少し動いたかのようで……少し反応があった。
その瞬間、ガシャーンとけたたましい音がして、アニマと戦っていた鎧騎士、そして、玉座の間の扉から入ってこようとしていた鎧達は、総てその場でバラバラになった。
「ふぅ……助かったわ」
そういってアニマは俺の方に近づいてくる。俺が持っていた本を手に取ると、中身を確認するように目を細める。
「……確かに『夢見る童話』ね」
「……夢見る……童話?」
「ええ。この本は厄介なことに、この本は自分のことを呪いをかけられた姫だと思っているのよ。そして、この本が勝手に溢れさせている魔力はこの本のことを実際に姫だと思うようにさせる効果がある……ま、私達を襲ってきた鎧は、この本が自分のことを守らせようとして魔法で操っていたんでしょうね。そして、その呪いは本にキスをすることによって解除できる……」
「……だから、俺にキスしろと」
「ええ。もっとも、これが本でよかったわ。本物のお姫様だったら、キスしたのがタイラーだとわかったら、あまりのショックで寝込んじゃうでしょうから」
茶目っ気たっぷりにそういってアニマは本を懐にしまいこんだ。俺は少しムカついたが、それ以上にどっと疲れてしまった。
「……まさか、こういうのがまだ後二冊あるのか?」
「ええ。次の本はもっと厄介だけど」
アニマのその言葉を聞いて、俺はさらにどんよりとした気分になったのだった。




