魔女の日記 第二巻 1
「……さて」
俺は家に帰ってきてから、先ほどアニマに手渡された日記を机の上に置いた。
「ん? なんじゃ、主よ。それは」
と、俺がアニマに渡された日記を見ていると、やってきたのは我が家のお手伝いこと、古魔宝具の精霊セピアだ。
「ああ。セピア。これ、アニマの日記だと」
「日記? 自分の日記を他人に読ませるとは……あの店主も、よくわからない女じゃのぉ」
言われてみれば確かにそうである。といって、其の日記を持ってきてしまう俺もどうかと思うが。
「えっと……これ、魔宝具なんだってよ。セピア、分かるか?」
「ふむ……確かに、魔宝具の力を感じるのぉ。で、どういう効果があるのじゃ?」
「この日記は文字が描かれているんじゃなくて、記憶が書かれているんだと。俺は前にこの日記の別の巻を開いて、アイツの記憶に引きずりこまれたことがある」
「なるほど……結構物騒なものじゃのぉ」
セピアは嫌そうな顔をする。確かに言われてみればそうだ。正直、俺もこれを手渡された時どうすればいいのか、という感じになった。
「……で、どうするのじゃ? 開くのか?」
「……アイツも俺にこれを見せるつもりで渡してきたんだろうしなぁ……まぁ、見るしかないだろう?」
俺はそういって本の表紙をゆっくりと開いた。
「……ん?」
「おや、ここはどこじゃ?」
と、瞬時に俺達は家の中ではない、別の場所に立っていた。
「セピア……え……ここは?」」
「ふむ。どうやら、ここがあの店主の記憶の中……鮮明なものじゃのぉ」
セピアの言う通り、周囲の状況はまさしく鮮明であった。しかし、今回は前回のようにアニマの工房ではなかった。
「ここは……」
「ふむ。戦場じゃな」
セピアは落ち着いていたが、俺は目を丸くしてしまった。
周りでは、兵士同士が殺し合いをし、弓矢が降り注いでいた。血と怒号が飛び交う、まさしく戦場だった。
「な、なんで……ここがアニマの記憶なのか?」
「ふむ……むっ。主よ。あちらの方に店主の気配がするぞ」
「え……あちら?」
俺はセピアが言う方向に目を向ける。すると、なにやら大きな物陰がゆっくりと動いているのが見えた。
「あれ……なんだ?」
『黒炎龍だ! 黒炎龍が出たぞ!』
と、聞こえて来たのは兵士が怯えきった声だった。
黒炎竜……確かにそう聞こえた。龍って……
「……龍? ちょ、ちょっと待てよ。龍って……え?」
「うむ。龍とは……あれのことじゃろう?」
セピアが指を指す。確かにその先には大きな黒い影がうごめいている。
その黒い影は口から黒い炎を吐き出している。其の炎は戦場を焼き、多くの兵士を一瞬にして灰にしていた。
「う……嘘だろ? 龍って……御伽噺の存在じゃなかったのか?」
「ふむ。我等も詳しい事は知らぬが、かつて戦場では、どうにかして龍を呼び出し、強大な力で敵を殲滅しようとする輩がおったらしい……主は知らんのか?」
龍の存在は知らなかったが、戦争があったことは、俺も知っている。
俺だって、かつて戦争があったことはわかっている。俺が生きている時代はその戦争の後……いうなれば平和になった後の時代である。
でも、そもそも戦争なんてのは何百年も前の話だ。遠い昔に起きた話……
で、この記憶はアニマの記憶で、ここは戦場……つまり、アニマは戦争に参加していたってことなのか?
「……セピア。俺達って、大丈夫なのか?」
「うむ。吾々はあくまで記憶を覗き見ているだけの状態じゃ。剣で切られようが、矢で貫かれようが平気じゃ。もちろん、龍の炎に焼かれても大丈夫じゃよ」
セピアは得意げな顔でそう言う。俺は其の言葉を聞いて少し安心した。
「そうか……じゃあ……」
「行くんじゃろ? あの龍の下へ」
セピアは分かっていたらしい。俺は小さく頷いた。
そうして、俺とセピアは二人で黒い炎を吐き出し戦場を焼いている黒い龍の近くへと向かっていった。