絶望の首輪 1
「……で、アニマよ。その犯人は来たのか?」
俺が訊ねてもアニマはぼんやりしているだけである。どうやらお目当ての人物はまだ来ていないようである。
「……なんだよ。やっぱり来ないんじゃないか。適当言いやがって……」
俺がボソリとそう言うと、なぜかいきなりアニマは立ち上がった。そして、不安そうな顔で外を見ている。
「……アニマ?」
「……来るわ」
「……は?」
と、アニマがいきなり店の外に出た。そして、俺もその後に続く。
店の外に出てみたが……誰もいなかった。
「なんだよ……誰もいないじゃないか」
「……そうね」
「あはは。いるよ」
と、声はアニマの後ろから聞こえて来た。アニマが振り返る前に俺はソイツの姿を見た。
アニマと同じように黒いローブを着ているので、ソイツが魔女だということはすぐにわかった。
しかし、ソイツは身長に合わない程の大きな袋を背中に背負っている。目の下にはクマがあり、どこか血走っているような気さえする。
髪はボサボサで、いかにも危ないヤツ……という感じだった。
ソイツは、いきなりアニマの首に手を伸ばした。
「……え?」
アニマが気付いた時には、首に何かが嵌められていた。
「どうも、アニマ先輩。久しぶりだね」
アニマはその声を聞いて、憎々しげにソイツを見た。
「……メンテ。やっぱりアナタだったのね……」
アニマがソイツを睨む。メンテと呼ばれたソイツ――アニマと違って貧相な体つきだったので、男か女かわからなかった――は歯を剥きだして笑った。
「あはは。やっぱりアニマ先輩だったんだ。僕の商品をどんどんダメにしていたのは」
「え……じゃあ、今までの代償魔宝具は……コイツが……」
「……ん? 君は……誰?」
メンテは俺のことを訝しげな目つきで見る。アニマは首にはめられたものを気にしながらもメンテの質問に応える。
「客よ。アナタには関係ない」
「……ふぅん。客……こんなわけのわからない魔宝具ばかり売っているお店に客……珍しいね」
そういってメンテは舐めるような目つきで俺のことを見る。なんだか品定めをされているようで居心地が悪かった。
「……君、人間?」
「ま……まぁ、そうだ」
「へぇ。あのアニマ先輩が人間なんかと関わるんだ。変ったね……」
メンテはわざとらしく驚いてみせた。アニマは面倒くさそうに腕を組んでメンテを見据えている。
「……ええ。そうよ。変わったの。時代も変わった……私達ももう変わるべきなのよ。魔女の中でも、こんな馬鹿げたことをしているのは、アナタだけよ、メンテ」
アニマにそう言われるとヒヒヒ、と不気味な笑い声をあげてメンテは笑った。なんだか、本当にコイツは魔女という感じでさすがの俺も少し怖かった。
「酷いなぁ……僕は別にみんなが望むものを売っているだけだよ。それでどんな結果が出たとしても、それは僕のせいじゃない……だから、僕は商売を続けるんだ」
「商売? メンテ……私達は商売人である前に魔女なのよ。商売なんていうのは、あくまで副業みたいなもの……それをアナタはわかってないわ」
「……わかってないのは、アニマ先輩の方だよ」
そう言われてアニマは怪訝そうな顔をした。そして、もう一度アニマは首輪を触る。
「……これ、魔宝具よね」
「うん。魔宝具だよ。ヒヒヒ……」
「どういう魔宝具なのかしら? 商売人さん」
「……殺人魔宝具さ。アニマ先輩」
おかしくて仕方ないという様子で、メンテはアニマを見る。それを聞いてアニマは信じられないという顔でメンテを見ていた。
「アナタ……本気で言っているの?」
「うん……ヒヒヒ……いやぁ。わからないものだよね。散々魔宝具を馬鹿にしていたアニマ先輩が、魔宝具に殺されることになるなんて……」
殺される……? アニマが……魔宝具に?
「え……ちょ、ちょっと待て。殺されるって……どういうことだ?」
俺が思わず訊ねると、メンテは嬉しそうに俺の方に顔を向ける。
その目は、間違いなく狂気で満ち溢れていた。
「言った通りさ。アニマ先輩は殺人魔宝具……人を殺す魔宝具を装着させられたのさ」