魔女の日記 第一巻(前編)
「……う~ん」
俺はその日、珍しく考え込んでいた。
1つの疑問が、俺の頭を離れなかったからである。
「……アニマのヤツは、ホントはなんなんだ?」
先日、小競り合いを止めたアニマ……戦場をまるで散歩するかのように歩き、敵に撤退を決意させてしまった。
その光景を見て、俺は少しアニマ・オールドカースルという女性のことがよくわからなくなったのである。
あれほどまでの力を持ちながら、なぜあんな所で中古魔宝具店なんてやっているんだ? それこそ、宝の持腐れである。
「……少し聞いてみるか」
本人に直接聞くのはどうかと思ったが、アイツ本人がどう思っているかが気になった。俺はそう思い立つと、そのまま店に行くことにした。
「マジック・ジャンク」につくと、何も言わずに店の奥に入る。
「アニマ? いるか?」
入ってから訪ねてみるが、返事はない。
「なんだよ……肝心な時にいないのか」
俺は仕方なく店の中を見回してみた。
「ん?」
と、机の上になにやら小さな書物を見つけた。
古い本だが、タイトルが書かれていない。興味本位で、俺は本を手にとって見た。
「……アニマのか? 何の本だろう……」
思わず俺は本を開いてしまった。しかし、拍子抜けなことに、本には何も書かれていなかった。真っ白な頁が続くだけである。
「なんだこれ……魔宝具か?」
「ちょっと。アナタ、何をしているんですか?」
俺はいきなり声をかけられて驚いて振り返った。見ると、そこには、小さな女の子が立っていた。
長い黒髪で、黒いローブを着た、落ち着いた感じの少女だ。目の下には泣きぼくろがある。
「あ……え、えっと……お嬢ちゃん、勝手に店に入ってきちゃダメだろ?」
「はぁ? 何を言っているんですか? ここは私の工房ですよ? アナタこそ、私の工房に勝手に入ってきて、何をしているんですか?」
「……へ? 工房?」
俺は言われて辺りを見回してみた。そこは「マジック・ジャンク」でなかった。
雑然としたいつものあの古魔宝具店ではなく、そこかしこに、本が積み重ねられ、怪しげな薬品が置いてある。
「まったく……用がないならさっさと出て行って下さい」
「え……ちょ、ちょっと待ってくれ! 勘弁してくれよ! 俺は日記を読んでいただけなんだ! なぁ、これ!」
俺はそういって女の子に日記を見せる。
「……ええ。そうですね。それは、まさしく私の日記ですね」
少女は怪訝そうな顔で俺を見る。俺はその言葉を聞いて……いや、というよりも、女の子の目の下にあるホクロを確認して俺は気づいた。
「え……ひょっとして、お嬢ちゃんの名前って……アニマ・オールドカースル?」
「は? アナタ……なんで知っているんですか?」
目を丸くする少女……アニマ。俺はなんとなく理解できてきた。
「……アニマ。この日記って、もしかして、魔宝具?」
「ええ……そうですよ。もっとも、胡散臭い行商人に無理やり買わされたんです。『記憶する日記』。文字ではなく、魔宝で記憶を記すことができる日記だそうですよ」
つまり、ここは……アニマの記憶の中ということになるのか。
「……で、どうしたらいいんだ……?」
俺は漸く自分がとんでもない状況にいることを理解したのだった。