メンドクサイダケ(前編)
「ふわぁ~……いるかぁ? アニマ」
昼遅く、マジック・ジャンクを訪れた俺は、あくびをしながらアニマを呼んだ。
しかし、アニマからの返事はない
「アニマ? 店の中、入るぞ」
俺はそう言ってから店の中に入る。すると、店の奥からアニマがぬっと姿を表した。
「な、なんだ……いるならいるって言えよな」
「……いままでどこにいたの?」
「……へ?」
と、いきなりアニマはそう言うと、俺になぜか詰め寄ってきた。
「今までどこにいたの? ねぇ、どうしていなくなっちゃってたのよ?」
「はぁ? な、何言ってんだよ……家だよ。昼まで寝てて……さっきセピアに起こされたんだよ」
すると、アニマは悲しそうな顔をして俺から少し距離を取る。そして、恨めしそうな顔をして俺を見る。
「……そっか。私のことが嫌いになったんだ」
「はぁ? な、何言ってんだよ? いや、そもそも嫌いとか……」
「だってそうでしょ!? そもそも! どうして私はアナタの家に行っちゃいけないわけ? というか、なんで私とアナタは一緒に暮らしてないの!?」
怒涛の勢いでアニマは意味のわからないことを云う。見ると、アニマはなぜか目に涙さえ貯めているのだ。
「お、おいおい、アニマ……落ち着けよ。どうしたんだ? いつものアニマらしくないぞ?」
「私はいつも通りよ……そう。私はいつもひとりぼっちなんだわ……誰も私の相手をしてくれない……」
そういってアニマはそのまま俯いてしまった。さすがに俺はなにかおかしいと思った。
「……何かの魔宝具か? けど、アニマが魔宝具で失敗するとは思えないし……」
「失敗……そうよ。昨日も料理に失敗したの……ただのきのこ料理さえちゃんと作れないのよ……私は……」
そういってアニマは俺の方を見る。俺は嫌な予感がして目を少しずつ反らす。
「……ねぇ。こんな私でも見捨てないでいてくれる?」
「あ……あのなぁ。見捨てたりしないって。大体お前にはいつも感謝しているんだって。俺がこうして生活できているのもお前のおかげなんだぞ?」
すると、アニマは少し落ち着いたように見えた……と思った矢先、今度はボロボロと涙を流し始めた。
「……優しくしないでよ! そんなに優しくされたら、私、一人でいられなくなっちゃうじゃない!」
「……面倒くさいな。どうなってんだ」
アニマはそれから堰を切ったように泣きだしてしまった。俺はこれはもう、手のつけようがないと思い、早々に退散することにした。
「あ……待って! 私を一人にしないでよ!」
背後からそんな声が聞こえて来たが、俺はこれ以上構っていられないと思い、そのままスルーした。
調子が狂ったので、俺は適当に街に出て、適当に博打を売って、負けて帰宅することにした。
家に帰ると、すぐにセピアに事の顛末を話した。
「うむ……話はそれで全部かのぉ?」
「ああ。しかし、どうなってんだ?」
すると、セピアは困り顔で俺のことを見た。
「……答えは簡単じゃ。あの店主は、メンドクサイダケを食べたのじゃ」
「……メンドクサイダケ?」
「うむ。きのこ料理を失敗した、と言っておったのじゃろう? だったら、確実じゃ」
セピアはそう言うと、一人でうんうんと頷いていた。
「その……メンドクサイダケを食べると、どうなるんだ?」
「主も少しは知っているじゃろう? 世の中にはワライダケやナキダケ……食べると特定の効能を示すきのこが数多くあるのじゃ」
「あ、ああ……でも、メンドクサイダケってなんだよ?」
「じゃから、名前の通りじゃよ。そんなの通り、面倒なことになるのじゃ」
「はぁ? 意味がわからな――」
俺がそう言った時だった。家の扉をコンコンとノックする音がした。
「……誰だ?」
俺はそう思いながらも、扉を開けた。
「あ……アニマ?」
と、扉を開けると、そこには泣きじゃくって顔中涙だらけのアニマが立っていた。
「……ほれ、面倒なことになってきたじゃろう?」
セピアが俺を憐れむような目で見てきたのだった。