悲哀の指輪(前編)
「……ん?」
俺はマジック・ジャンクの少し手前まで予想外の事態に出くわした。
誰かが店の前に立っている。あの俺以外誰も来ないような古魔宝具屋に、人影があったのだ。
「誰だろう……アニマの知り合いか?」
俺はそのままその人影に近寄っていった。見ると、人影はなぜか店の前に立ったまま、ぼぉっと空を見上げていた。
「なぁ、アンタ?」
俺が声をかけると、人影はビクッとしたように俺の方を見た。そして、なぜか俺のことを不思議そうに眺めている。むしろ、不思議に思うのは俺の方なのだが。
美しい金髪に、青い色のドレスの女性……およそ、マジック・ジャンクの客層としてはふさわしくない存在だった。
「なぁ、アンタ。何やってんだ?」
俺が訊ねると、困ったように女は俺から視線を逸らした。そして、モジモジと指を動かしている。
「……なんだ? この店に用事でもあるのか?」
「あ……さ、探しもの……」
女は霧の彼方から聞こえてくるような、か細い声で俺にそう言った。
「探しもの? おーい! アニマ」
俺が店の奥に向かって呼びかける。しかし、アニマの返事はない。どうやらいないようである。
「仕方ないな……で、探しものってなんだよ?」
「ゆ、指輪……」
指輪……そんな高価そうなものがマジック・ジャンクにあるのだろうか?
「指輪ねぇ……それって、魔宝具なのか?」
「わ、私の……」
「アンタの? なんでアンタの指輪がここにあると思うんだ?」
女性は困ったようにまた視線を逸らした。
「……わかった。とりあえず、探してやるよ。俺はよくこの店に来るんだ」
すると、女性は安心したように微笑んだ。そのまま、俺は指輪探しを始めた。しかし、探し始めて気づいたが、そもそも、雑多にものが散乱している店内で指輪なんていう小さなものを探しだすのは容易なことではなかった。
「なぁ、指輪ってどんな指輪なんだ?」
「紫の……宝石……」
「なるほどねぇ……ったく、少しは整理しろってんだよな」
「……なにやっているの。タイラー」
と、そこへ背後から声が聞こえて来た。アニマの声だった。
「ああ、アニマ。どこにいたんだよ?」
「ちょっと街へ買い物に行ってたのよ。帰ってきたらアナタがいて……で、何をしているの?」
「探しものだよ。ほら、そこにいるドレスの彼女が……あれ?」
と、先程までそこにいたはずのドレスの女はそこにはいなかった。
「ドレスの女? いないじゃない。そんな人」
「あ、ああ。さっきまでいたんだけどな……あ。それより、アニマ。お前、指輪知らないか?」
「はぁ? 指輪? どんな?」
「どんなって……紫の宝石の指輪らしいだが」
それを言うと、なぜかアニマは少し怪訝そうな顔で俺を見た。
「な、なんだよ。その顔は」
「……アナタ、その指輪、探すって言っちゃったの?」
「ああ。何か問題あるのか?」
アニマは大きくため息をついた。そして、なぜか哀れみの目で俺を見る。
「残念ね。タイラー。こんな形でお別れになるなんて」
「はぁ? どういうことだよ?」
すると、アニマは大きくため息をついてから、話を始める。
「……『悲哀の指輪』。今から百年前、お互いの将来を誓い合った、若い貴族の夫婦がいた……しかし、結婚式の前日に夫が戦場に出ることになり、妻は家でその帰りを待つことになった。けれども、夫は帰ってこなかった。妻は激しく泣き叫んだらしいわ。おまけに、夫がくれた紫の宝石の指輪を妻はなくしてしまった。一緒に探してくれたメイドがいたんだけど、結局見つからなかった。そして、錯乱した妻はメイドが盗んだものと思って殺してしまった……以来、妻は死んだ後も、指輪を探し続けている。誰かに協力を依頼しながらね」
「……つまり、さっき俺が会ったのは……その妻の幽霊だっていうのか?」
「そうなる……かしらね。聞いたところによると、3日の間に指輪が見つからなければ、妻の幽霊は協力者を呪い殺すそうよ」
さすがのアニマも少し気の毒そうにそう言った。俺はそれを聞いてあまりのことに信じられなかった。
「……え。マジで?」
「ええ、本当よ。仕方ないわね。今から全力で探すか、最初から諦めるか……」
「……ちょ、ちょっと待ってくれよ! アニマ、頼む! どうかにしてくれ!」
俺が頼み込んでも、アニマは困ったように視線を反らすだけだった。どうやら、アニマにも対処法がわからないらしい。
「……今から必死に探しましょう。私も手伝うわ」
それから、俺とアニマは必死に店の中を探すことにしたのだった。