アニマと黒炎竜 4
「……カルマ? カルマって……前にアニマの日記でメンテが名前を口にしてたやつか?」
忘れっぽい俺だが、珍しいことにソイツの名前は覚えていた。
なんとなくだが、忘れられない名前だったのである。
「ええ……唯一、魔女の中で2つ名に『魔女』を冠することができている魔女……それがカルマよ」
「はぁ……で、ソイツの何が問題なんだ?」
「カルマは……世界を滅ぼそうとしたのです」
フレイアは悲しそうな顔でそう言った。
突如として言われた言葉に俺は何も言えなかった。
「え……滅ぼす? なんじゃそりゃ……え? マジで?」
俺は信じられず今一度問いただしてしまう。しかし、アニマもフレイアも否定しなかった。
「……正確には人間の世界を滅ぼそうとした……それがカルマよ」
「へぇ……それっていつの話なんだ?」
「100年前よ。いわゆるアナタ達人間が知っている大戦が終結した頃の話ね」
「……でもよぉ。たった1人の魔女に世界を滅ぼすなんてこと、できるのか? 確かにお前やフォルリ、トリンデやレーナはすげぇ魔女だと思うが、世界を滅ぼすなんて――」
「それができてしまうのが、カルマなのよ」
俺が信じきれていないのを悟ったのか、アニマははっきりといった。いつものような不適な笑みではなく、真剣にそう言うアニマがそう言っているのを見て、それが真実であることを俺は理解した。
「……わかった。で、なんでそんなことを俺に話すんだ?」
「……カルマは百年前、私やトリンデ、レーナや他の魔女達総掛かりで殺したわ。だから、二度と世界に現れることはない……そう思っていたの」
殺した……其の言葉でしばらく俺は黙っていたが、ゆっくりと先を続ける。
「……思っていたっていうのは?」
俺がそう訊ねると、アニマは悲しそうに顔を伏せた。そして、フレイアの真紅の瞳が俺を見る。
「メンテ・デメーテール。彼女に会ったそうですね」
「あ、ああ。アニマにもそのことは話したぞ」
「彼女は……カルマを復活させようとしているようなのです」
フレイアがそう言うと、礼拝堂の中を静寂が包んだ。
俺も、アニマもフレイアも何も言えず、ただそれからしばらくずっと黙っていた。
「……ちょっと待て。復活って……無理だろ? ソイツ、アニマや他の魔女が殺したんだよな? まさか、魔法で?」
「……無理よ。どんな魔法でも死者を完全に復活させることはできない。確かに死体を操る魔法はあるけれど……ありえないわ」
「だったら、なんで心配するんだよ?」
「……魔宝具としてなら、復活させることができるからよ」
アニマが言った言葉を俺は理解できなかった。思わず俺は隣のフレイアを見る。
「アナタも知っているのではないですか。そういう魔宝具があることを」
俺はそれを言われて、人形屋敷のことを思い出した。既に死んでいたはずの少女、そして妬まし人形のこと……
「タイラー。メンテは私の弟子であり、一級の魔宝具製造家よ。妬まし人形以上の魔宝具を作っているかもしれない……だとすれば……」
「ちょ、ちょっと待てよ。でも、アニマ。お前だぞ? 身体を復活させることはできないって言ったのは。大体目玉だけじゃ無理だって……ちょっと待て。もしかして、あの目玉って……」
俺はそこまで言って、あの恐ろしい蒼い目玉を思い出す。
まるで生きているかのような、邪悪にまみれた目玉……
「……ええ。あれはカルマの目よ。その話を最初に聞いた時は、メンテであってもそんなことは不可能だ……そう思ったわ。でも……」
そういってアニマは目を伏せる。
「アニマはこう見ても心配症です。もしかしたら、という気持ちがその後どんどん大きくなっていったのです」
「……なるほど。それで俺に魔法使いになれって言い出したのか。俺自身の自衛のために」
俺がそう言うとアニマは申し訳無さそうにシュンとしてしまった。
「ごめんなさい……でも、万が一って話よ。きっとありえないから……」
「……残念だけどよ、アニマ。俺はその話を聞いてから、どうにも嫌な予感しかしないんだよな」
そう。いつもの嫌な予感。俺の嫌な予感は確実に当る……
そう思っていた矢先、教会の外から大きな爆音が聞こえたのだった。




