無敗の薬
「しかし、珍しいな。お前が俺と酒を飲みに来るなんて」
俺とアニマはその日、街の酒場に来ていた。
店に寄った後で、アニマは俺が酒場に行くと聞くと、それについていくと言い出したのである。
「いいじゃない。私だってお酒くらいに飲みたいわ」
そういってグラスに入った酒を先ほどからちびちびとアニマは飲んでいる。俺も始めてではないが、どうにも、黒いローブの魔女と酒を飲むのはなんだか不思議な気持ちになる。
「……というか、アナタ。いつもこんな安酒ばかり飲んでいるの?」
「え? ああ……仕方ないだろ。金がないんだから」
「博打をやめたら、これよりはマシなお酒を飲めるんじゃないかしら?」
あまりにも正論を言われて俺は何も言えなくなってしまった。その割には、アニマは先ほどからずっと酒は飲んでいるのだが。
「おい! なんだこの店は! 魔女を店の中にいれるのかよ!」
と、いきなり聞こてきた大声に俺は思わず驚いてしまった。
聞こえて来た声に振り返ると、大きな男が不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「おい! 訊いてんのかよ! そこの魔女だよ! てめぇみたいなのがいると、酒がまずくなるんだよ!」
男は明らかにアニマのことを指しているようだった。
このご時世に魔女差別をするなんていうのは、なんとも古典的なヤツだと思ったが、一定数こういうヤツがいるのは仕方ないことだ。
「あ……アニマ」
「放っておきなさい。私達は別に悪いことはしてないわ」
アニマの言う通りだと思い、俺はそのまま無視しておいた。
「おい! 無視してんじゃねぇぞ!」
と、男はいきなりコップを投げてきた。俺は間一髪で避けたが、それが、見事にアニマにぶちまけられた。
店の中が静まり返る。俺も、何もいうことが出来なかった。
「……はぁ。なるほどね」
と、アニマがようやく立ち上がった。明らかに怒っている……さすがにまずいと俺でも感じた。
「あ……アニマ?」
すると、アニマは男の方に近寄っていった。
「なんだぁ? やる気か?」
酔っているらしい男は、アニマに対しても好戦的だった。すると、なぜかアニマはニッコリと微笑んだ。
「ちょうどいいわ。アナタ、私と勝負しない?」
「……はぁ? 勝負?」
「ええ。飲み比べよ。アナタ、お酒強そうだし」
「はぁ? なんで俺が魔女なんかと……」
「あら? 魔女なんていう、汚らわしくて、おぞましい存在に、飲み比べで負けるのが怖いのかしら?」
すると、男は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「上等じゃねぇか! やってやるぜ!」
「そう来なくっちゃ。ああ、お店の人、私がお金は全部出すわ。この店のお酒がなくなるまで持ってきて」
アニマはマジでやる気のようだった。店主にお金を渡している。
「お、おい! アニマ!」
俺は思わずアニマの近くに寄っていった。
「何? これから勝負なのかよ。邪魔しないで」
「あのなぁ……お前、酒強かったか?」
「いいえ、特に強くないわ」
「じゃあ、どうするんだよ! 勝てるのか?」
「そうね……少なくとも、負けることはないわ」
そういって、アニマは懐から何かを取り出した。小さな、米粒のような形のそれを、アニマは口の中に投げ入れた。
「さぁ、はじめましょう」
俺はアニマの行動が気にかかったが、仕方なく、アニマと大男の飲み比べを、見守ることしかできなかった。
そして、それから数時間後。
「う、う~ん……」
「あのなぁ……負けてはないが……ほとんど、引き分けだったじゃねぇか」
アニマを背中に背負いながら、俺は夜道を歩いていた。
大男は、30杯目のグラスでその場にぶっ倒れた。そして、アニマは30杯目を飲み干した所で、大笑いしながら床に倒れ込んだのである。
「う、うるしゃいわねぇ……負けなかったんだからいいでしょ……」
呂律の回っていないアニマに苦笑いしながら俺は道を歩く。
「……ねぇ、タイラー」
と、いきなり、アニマが真面目なトーンで俺に話しかけてきた。
「ん? どうした?」
「アナタは……私のこと、どう思う?」
「……は?」
アニマの沈んだ声を聞いていて、俺はすぐに気付いた。
アニマ・オールドカースルが、珍しいことに少し落ち込んでいるということに。
「……別に。インチキ魔宝具屋の、インチキ魔女だろ?」
俺がそう言うと、アニマは耳元でクスっと笑った。
「……ありがとう、タイラー」
嬉しそうにアニマはそう言った。
「……あ。そういえば、お前、飲み比べする前に何か飲み込んだだろ?」
「え? ああ、あれは、魔宝具よ」
「……はぁ? なんだよ。じゃあ、余裕で飲み比べなんて勝てたんじゃないのか?」
「……無理よ。あれは『無敗の薬』。あれの効果は、絶対に勝てる……っていうものじゃなくて、負けることはない、って代物なのよ」
それを訊いて、俺はアニマが大笑いして床に倒れた理由がなんとなくわかり、思わず笑ってしまった。
「な、何よ……どうせインチキ魔宝具よ……」
「あはは……まぁ、いいや、とにかく、今日は帰ろうぜ」
「……うん」
俺がそう言うと、アニマは安心したように小さく頷いたのだった。