希望の種(後編)
村長の家の外に出ると、そこは普通の村だった。普通……とは少し語弊がある。
寂れた村だ。人々には元気はないし、活気は見られない。
「ここです」
村長が案内した畑も、既に荒れ果ててしまっており、作物が育つような場所ではない。
アニマはそれを見てから、袋に入った種をひとつかみすると、そのまま畑に放り投げた。
「これでいいのよ」
「え……しかし、これで本当に?」
「ええ、ほら。もう芽が出たでしょ?」
そう言われて俺と村長は畑に目をやる。と、確かにそこかしこから、小さな植物の芽のようなものが出てきているのを見ることが出来た。
「おお! さすが、魔女様……ありがとうございます」
「いいのよ。じゃあ、この袋、上げるわ」
「ええ……本当に、代金は宜しいのですか?」
「結構よ。私は帰るから」
と、その言葉にさすがに俺は驚いてしまった。
「お、おいおい! アニマ。金、貰わないのかよ?」
俺がそういうと、アニマは鋭い目つきで俺を見た。
いつもとは違い、気迫のあるその眼差しに見られて俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「タイラー、周りをよく見なさい」
そう言われて俺はもう一度周りを見てみる。
寂れた村、どこからか聞こえる子供の声、そして、目の前の疲れきった村長……
「あ……ああ。わかった」
すると、アニマは村長の家の扉に手を当て、又何かブツブツと呟いた。
そして、扉を開ける。
進んだ先は、俺達が扉を通ってやってきた場所だった。あっという間に、俺達は「マジック・ジャンク」に戻ってきてしまったらしい。
「……なぁ、アニマ」
俺は店に帰ってきて帽子と、毛皮を首から外したアニマに俺は訊ねた。
「ええ、わかっているわよ。『あの魔宝具はなんだったんだ』って聞きたいんでしょ?」
「あ、ああ。あっという間に芽が出て……すごい魔宝具なんじゃないか?」
俺がそういうと、アニマは浮かない顔で俺を見た。
「……違うわ。あれは最低の魔宝具よ」
「え……最低?」
俺がそういうと、アニマは大きくため息をついた。
「あれは『希望の種』という魔宝具なの。一見普通の種だけど、どんな地面に撒かれても、あっという間に芽を出して、ぐんぐん成長する……そんな魔宝具よ」
「え……それの何が最低なんだ?」
「……あの種は実を付けないの」
「実を付けない?」
「ええ。あの種はどんどん成長するわ。大きく、たくましく……そして、綺麗な花も咲かせる。でも、実は付けない」
「……まぁ、そういう植物もあるだろ? けど、なんでそれで最低なんだ?」
「あの村では、随分前から作物が育たなくなっていたそうなの。村長さんは随分と苦労していたそうよ。村民にも土地を捨て別の場所に移り住もうって話もした……だけど、村民は誰も同意してくれなかった。土地を捨てるくらいなら、此処で死んだ方がマシだって」
そう話すアニマは辛そうだった。悔しそうな顔で俺と目を合さずに話を続けている。
「結局、もう村民も大分亡くなってしまったそうよ。既にあの村は瀕死の状態……村長はそんな村民に最期の希望を見せるために、私から『希望の種』を買おうとしていたってわけ……実を付けない、ただ成長する種であっても、植物が育つのを見れば、村民も残された日々に希望を持てる……いつか、実をつけてくれるんじゃなか、って……」
そこまで聞いて俺は何も言えなくなってしまった。
アニマは大きくため息を付いて立ち上がった。
「ホント、人間っていうのはわからないわ。そんなことをしても無駄なのに……私は疲れたから、もう寝るわ。タイラー、悪いけど、今日は帰ってくれる?」
そういうアニマの顔は本当に浮かないものだった。そのままわざとらしく、大きく伸びをする。
「あ、ああ……じゃあな」
俺は帰り際にもう一度アニマの方を見てみた。机に突っ伏してそのまま動かない。
あの村長から金を受け取ることもできたはずだ。それをしない、アニマは、魔女とは呼ばれているが、やはり人間なのだと、俺はなんとなく思った。