愛しい貝殻
聞こえてくるのは、愛と悲しみの呼び声。
「ん? 何してんだ? アニマ」
俺が店に来てもアニマは店の中にいなかった。
不思議に思って外を回ってみると、店の裏側に回って、なにやら物を積み上げていた。
「ああ。タイラー。何しに来たの?」
少し不機嫌そうに、面倒くさそうな表情をしたアニマは俺に向かって訊いてきた。
「いや……別に。いつも通り、特に用事はないが」
「ああ、そう。私、少し忙しいのよね」
そういってアニマは店の裏側にどんどん物を積み上げている。
どうやら、ゴミと売り物の区別がつかないマジック・ジャンクで、ゴミ掃除を行っているようであった。
「これ、もしかして、全部いらないのか?」
「もしかしなくても全部いらないわよ。ここにあるのは全部使えない魔宝具だから」
どう考えても使えない魔宝具を売り物にしているアニマが「使えない」というのだから、本当に使えないのだろう、と俺は思った。
「そうか……じゃあ、俺が貰っても別にいいんだな?」
すると、アニマは信じられないという顔で俺を見る。
「いいけど……本当に使えないわよ?」
「わかってるよ……お。これなんだ?」
俺はゴミの山の中に光る何かが目について、それを拾い上げた。
それは小さな貝殻だった。小さいながらも綺麗な色合いをしている巻き貝である。
「それ……ホントにそれでいいの?」
「ああ。これ、どうやって使うんだ?」
「……耳に当ててごらんなさい」
俺がそう聞くと、少しためらった後で、アニマは浮かない顔で続けた。
言われたとおり、耳に貝殻を当てる。すると、なにやら声が聞こえて来た。
その声は「好きです」と、美しい声で呼びかけてくるのだ。
しかも、まるで寄せては返す波のように、遠くの彼方から聞こえてくるように思える。
「……なんだこれ?」
「『愛しい貝殻』っていうのよ。使い方はそれだけ。どう? つまらないでしょ?」
「まぁ……でも、悪い気分ではないな」
美しい声で「好きです」と言われれば悪い気分ではないのは当たり前である。俺の言葉を聞いてアニマはげんなりとしていた。
「……別にアナタの好きにすればいいと思うけど、ホントにどうしようもない代物よ?」
「あはは。暇つぶしにはなるだろ? じゃあ、これもらっていくぜ」
俺はそういって貝殻を持って家に帰った。
家では、暇があれば貝殻を耳に当てていた。「好きです」という声は、気のせいか、少しずつ大きくなっていくようだった。
「しかし……これが魔宝具ねぇ……どうしてこんなもんができたのかねぇ」
俺はそう思いながら、貝殻を机の上に置いた。
「……好きです。好きなんです……」
と、驚いたことに貝殻から声が聞こえて来た。
どうやら、既に耳に当てなくても聞こえるまでに大きな声で話しかけてきているらしい。
「へぇ。そんなに好きなのか?」
俺が冗談混じりにそう聞き返すと、貝殻は黙った。
「……はい。ホントに、好きなんです……アナタのことが大好きです……」
と、貝殻は返事を返してきた。
俺は意外に思ったが、面白かったので先を続ける。
「そうか。そりゃあ良かった。まぁ、アンタが誰のことを好きなのか知らないが、俺はアンタの好きな人じゃないんでね」
「……じゃあ、あの人はどこに行ったの? どうして……どうして私に会いに来ないの?」
と、貝殻が返事をしてきた。予想外の反応に俺は戸惑う。
「え……いや、知らないけど……」
段々と嫌な予感がしてきた。貝殻の声が少しヒステリックになってきたからである。
「……きっと、私のことが嫌いになったのね……酷い……酷いわ……」
貝殻はついには泣きだした。さすがに予想外すぎる。
「あ……お、おいおい。泣くなよ、泣いたって仕方ないだろ?」
「……仕方ない? そう言ってアナタは私を捨てる気なのね……許さないわ。絶対に……絶対に……許さない……」
さすがに気味が悪くなってきた。
どうやら、これは俺の手に負えるものではないらしい。そう思って、俺は貝殻を手にとった。
すると、その時だった。耳をつんざくような叫び声が、貝殻から聞こえて来たのである。
さすがに俺も堪えられず、思わず貝殻を床に叩きつけてしまった。
貝殻は粉々になったが、叫び声は残響していた。残侠していて叫び声も、しばらくすると完全に収まった。
「……なんだったんだ。今のは」
「あら。壊しちゃったの?」
と、いきなり背後から聞こえて来た声に俺は驚いた。見ると、アニマがそこに立っていた。
「アニマ……お前……」
「言ったでしょ? ホントにつまらないものだ、って。この魔宝具はね、女性の叶わない恋の恨みやつらみが篭った貝殻なのよ……っていっても、グチグチ云うだけで何の役に立たないんだけどね」
「……いや。俺は、やっぱり女って怖いって改めて認識させられたぞ?」
「そう? 良かったわね。まぁ、基本的に余り物の魔宝具には福も何もないから。処分してくれたことには感謝するけどね」
アニマはゴミを処分できて得してと思っているのか、上機嫌だった。
俺としては短時間で恐ろしい体験をしたので、どちらかというと、損失を被った気持ちになっていたのだが。