獣飴(前編)
「え……アニマさんはいらっしゃらないんですか……」
「……ああ。俺に全部押しつけて勝手にどこかに行きやがったんだよ」
その日、俺はキンケイドの店にいた。店にいるのは俺一人だけである。
正確には、ウェイターの格好をした娘……つまり、ヴィオがいるだけである。
結局、ヴィオの面倒はキンケイドに見てもらうことにしたのだ。ヴィオのウェイター姿もそれなりに似合っている。
「……じゃあ、今はお店の管理は御主人様がされているのですか?」
「まぁな……ったく、勘弁してほしいぜ……」
俺がそういうとヴィオはなぜか嬉しそうににやにやとしていた。
「なんだ、ヴィオ。なぜニヤニヤしているんだ?」
「フフフ……御主人様。そんな不満だらけの御主人様に、とっておきの商品があるんですよ」
「はぁ? お前……インチキ魔宝具は売るなって言ったよな?」
俺がそういうとヴィオは首を必死に横にふって否定する。
「違います! インチキなんかじゃありません! ヴィオは、前の御主人様の家から出てくる時に、いくつか魔宝具をくすねてきたんです」
なぜか得意げにそういうヴィオ。
「お前なぁ……で、どんな魔宝具があるんだよ」
といって、聞いてしまう俺も俺だと思うが。
「ふっふっふ……これ、見て下さい」
そういってヴィオは何やら懐から小さな小瓶を取り出した。その中には様々な色のついた丸い粒が入っている。
「なんだこれ?」
「これは、獣飴です」
「獣飴? まさか、これを舐めると獣になれるっていう変身の魔法が使える的な――」
「残念ですけど、違います。これは、獣の性質を手に入れることができる飴なのです」
「獣の……性質?」
「はい。試しに一つ飲んでみますね」
そういってヴィオは丸い粒を一つ飲んだ。
俺はそれから起きる変化を少し待った。
「はい。これで完了ですにゃ」
「……え? 何も変わってないぞ?」
「変わりましたにゃ。ヴィオは、猫の性質を手に入れたにゃ。語尾に『にゃ』が付いているにゃ」
俺はそれを聞いて大きくため息をついてしまった。そして、ヴィオが手にしている小瓶を奪い取る。
「にゃ!? 何するにゃ!?」
「にゃーにゃーうるさい! だいたい、お前は猫だろうが。それなのに猫の性質を身につけてどうするんだ!」
俺がそういうと、ヴィオは今更気づいたのか、すまなそうに頭を下げた。
「ったく……キンケイド、こいつちゃんと働いているのか?」
すると、キンケイドは苦々しげに笑う。
「ええ、働いていますよ。今週だけで5枚、皿を割りましたから」
俺はもう一度ヴィオをにらみつけてから、キンケイドの店を出たのだった。




