別れの言葉 5
「ふふっ……待っていたわ。ずっと……」
と、アニマが不気味な笑い声を上げる。
「絶対、ジョセフなら母さんの下に戻ってきてくれると思ってたわ……もちろん、自分の力では無理だから、誰か協力者を連れて……ジョセフは頭の良い子だもの。私は確信していたわ」
母さん、という言葉で、どうやらアニマが完全に母さんに乗り移られていることを俺は理解した。
「母さん、何しているんだ……アニマの身体から離れてくれ」
「離れる? 何を言っているの? やっと母さんは動ける身体を手に入れたのよ。ずっとこの時を待っていた。無限に繰り返す過去の中で……私の祈りが込められた魔宝書に迂闊に触ったこの魔女がマヌケなのよ」
俺は其の言葉を聞きたくなかった。
母さんの言葉の節々から、俺が知りたくない真実がにじみ出ていることを、俺は感じていたのだ。
「……あの人が母さんを捨てたって?」
「ええ。そうよ。アナタが父さんと思っている人。あの人はアナタが生まれてすぐにこの家を出て行ったわ。だから、この家に父さんなんていないのよ。キンケイドが上手く誤魔化していただけ……私とアナタは捨てられたのよ?」
悲しそうな顔で母さんは俺に語りかける。
言われてみればそうだ。親父の記憶はこの過去の屋敷の中でしかない。
いくら物心付く前だからといって、あまりにも記憶がないのはそのせいだ。
「……じゃあ、母さんは魔女だったの?」
既にわかっている質問を、俺は母さんにした。
「ええ、そうよ。でも大丈夫。この間抜けな魔女よりもずっと優れているわ。だから、ジョセフになんでもしてあげられる……ねぇ、ジョセフ。母さんと一緒に未来永劫、この屋敷で過ごしましょう?」
母さんは手招きするようにこちらに手を伸ばしてきた。俺はそれに導かれるようにしてそのまま前へ進む。
そして、母さんの手が自分の指先に触れた。
「……いや、それは違うよ」
「え? 何が?」
母さんがキョトンとした瞬間、俺は即座にアニマが手にしている本を奪い取った。
「……アニマは確かに少し抜けているかもしれない。でも……俺にとっては、いなくなったら困る大切なヤツなんだよ!」
そういって俺は思いっきり黒い炎の中に、母さんの魔宝書を投げ込んだ。
「いやぁぁぁぁぁ!」
母さんが絶叫する。それと共にみるみる内に黒い魔宝書は炎に包まれていった。
「アニマ!」
俺は慌ててその場に倒れこんだアニマに駆け寄る。
意識はないようだが……おそらく、こんなことで死ぬタマではないはずである。
「仕方ない……さっさと逃げるぞ」
炎に包まれつつある廊下を、俺はアニマを背負って全速力で走りだしたのだった。




