願いの姿見
「アナタが欲しいと願うものは、アナタのすぐ側にある」
――ある街の占い師
「……何してんだ? お前」
マジック・ジャンクにやってくると、俺は不思議な光景に出くわしてしまった。
アニマがなぜか、大きな姿見の前に立っているのである。
「あ……あはは。来てたの? タイラー?」
少し引きつった笑顔でアニマは俺にそう言う。
どうやら、アニマにとっては、見られたくない所を俺に見られてしまったらしい。
「ふっ。なんだ。魔女のお前も、外見に気を付けようって気になるのか?」
「ち、違うわよ……これは、魔宝具なの」
俺の言葉がカンに触ったらしく、アニマは少し不機嫌そうにそう言った。
「へぇ。一体どんな魔宝具……うおっ!?」
俺は姿見の前まで来て驚いてしまった。
なぜなら、そこには、大金を抱えて嬉しそうにする俺の姿が映し出されていたからである。
「な……なんだこれ?」
「……『願いの姿見』。自分の欲しいと思っているものが映されるのよ。アナタは……やっぱりお金なのね」
呆れた様子でそういうアニマ。しかし、その通りなので、俺は何も言えなかった。
「なるほどねぇ。でも、お前……鏡に映ってないぞ?」
姿見に写っているのは、大金を抱えた俺の姿だけである。
間の前にいるはずのアニマは、姿見には写っていなかった。
「……当たり前でしょ。魔女にほしいものなんて無いわ。そういう生き物だもの」
「へぇ。そういうもんかねぇ……それにしても、これ、映るだけなのか?」
「ええ。手に入れることはできないわ。映るだけ」
それを聞いて俺は愕然としてしまった。あまりにもくだらなすぎると思ったからである。
「なんだ……じゃあ、帰るか」
「ああ。タイラー。これ、街に行って売ってきてくれない?」
「え? 売っていいのかよ?」
「ええ。この姿見、装飾は綺麗だし、おそらく、いい値段はつくと思うわよ」
俺は半信半疑だったが、売ってきていいと言いうのならお言葉に甘えないという選択肢はない。
それを了承し、街に行って鏡を売っぱらうことにした。
「でもよぉ……お前、家に鏡無くなるじゃないか」
了承してから、俺は店の中を見回してそう言った。
「いいのよ。私には必要ない」
余計なお世話だと言わんばかりにアニマはそう返してきた。
俺もそれ以上は別に言うこともなかったので、そのまま街に姿見を持っていった。
実際、アニマの言う通り、姿見は、いい値段がついた。俺はさっそく手に入った金を持って賭場に向かおうとしていた。
と、そこで、ふと、通りかかったのは家具店だった。俺は、その時、なぜかアニマのことが頭に浮かんだのである。
「……まぁ、少し見ていくか」
俺はなんとなくその店に入ってしまった。
その後、賭場に行って、結局、姿見を売る前と同様、すっからかんになってしまった。
そして、翌日。俺は「マジック・ジャンク」に向かった。
「おーい、アニマ」
「……何よ。どうせ、姿見売ったお金、もう無くなったのでしょう? でも、残念だけど、もうお金になりそうな魔宝具はないわよ」
アニマはどうやらお見通しだったようで、ピシャリとそう言った。
「あはは……それはそのとおりなんだが、これ。お前にやるよ」
「え……アナタ、これ……」
俺は苦笑いしながら持ってきたあるものをアニマの前に差し出した。
家具屋で買ったのは、安い小さな手鏡だった。
「……まぁ、いつも魔宝具をもらっているしな。それが値打ちものかどうかは別だが、たまには、俺もお前にプレゼントしてやろうと思ってな」
アニマは信じられないという顔つきで鏡を見ていた。
そして、しばらくすると、いつも通りの不機嫌そうな顔になって俺を見た。
「そうね……貰っておいてあげるわ」
「はぁ……ったく、可愛げがねぇな。お前はホントに。っていうか、鏡、欲しくなかったのかよ?」
「必要ないって言ったはずよ。私が本当に欲しいものは、あの姿見にちゃんと映っていたんだから……」
「はぁ? どういうことだよ」
「……知らないわよ……おバカ……」
アニマはなぜか少し頬を紅く染めて、俺からそっぽを向いたのだった。