別れの言葉 3
「……あら? 誰かしら?」
ベッドの上の母さんは、俺達が部屋に入ると上半身だけを起き上がらせ、相変らずの良くない顔色で俺とアニマを見た。
アニマと俺は並んで母さんと対峙する。
「突然おじゃまするわね。率直に訊ねるわ。アナタ、魔女よね?」
「……はぁ!? アニマ、一体何を言い出すんだ!?」
俺が思わずそう言うと、アニマは黙っていろと言わんばかりに俺のことを睨みつけた。
すると母さんは何も言わずただ俺とアニマを見ていた。
「どうして、いきなりそんなことを?」
そして、掠れた声で母さんはゆっくりとアニマに訊ねた。
「簡単よ。時間の繰り返しの形跡がないわ。つまり、この部屋だけ外と違って時間が止まっている状態なのよ」
「……なるほど。それが分かるっていうことは、アナタは相当上等な能力を持った魔女ということね」
母さんはニッコリと微笑んだ。アニマは警戒したままで母さんを睨む。
「どうしてそんなことをしたの? アナタ、息子さんのことが可愛くなかったの?」
アニマが訊ねると母さんは首を横に振って応える。
「ええ。ジョセフのことは今でも可愛いと思っているわ。でも、私の命はあの時、既に残り短いものだった……だから、そのためには私自身の時間を止める必要があった……だから、私はこの部屋の時間を止めてほしいと願った。それ以来、私の時間は止まったまま。夜になるまで、私は過去として、この世界に存在することができるの」
「過去としてこの世界に存在する? そんなの可笑しいわ。この世界に存在していいのは、現在を生きる人だけよ」
アニマがそう言うと母さんは悲しそうな目で俺とアニマを観る。
「そうね……私は間違っていたのでしょうね。それでも、過去として存在しつづけることでジョセフの成長を見続けたかった……だから、こんなことをしたのよ」
そして、母さんは俺のことを目を細めて観る。俺も母さんのことを見つめ返してしまった。
「タイラー、ダメよ。彼女は過去の幻影。アナタのお母さんじゃないわ」
「で、でも……母さんが……」
俺が思わずそう言うと母さんは俺の方に手を伸ばしてきた。
「ジョセフ。こっちに来なさい。母さんと一緒なら、永遠に過去として存在できるわよ」
「過去として……永遠に……」
「タイラー!」
アニマの声で俺はハッとする。
過去として存在する……そう考えると、俺は思わず笑ってしまった。
「ジョセフ……どうして、笑っているの?」
「ああ、いや、悪いけど、母さん。俺は過去として存在するなんて御免だ。俺はあれからどうしようもない人間になってしまってね。博打が大好きなんだ。過去なんかに留まっていたら、今現在その瞬間を楽しむ博打も楽しめないだろうし……やめておくよ。それに、俺にはどうしようもない知り合いが何人かいてね。過去に行ったら、ソイツらと会えなくなっちまいそうだしな」
俺がそう言うと、母さんはキョトンとした顔で俺を観る。それから、フッと小さく笑った。
「そう……でも、それならいいわ。もう、過去と一緒に生きようとは思っていないのね」
「ああ。俺は現在を生きるよ」
俺がそう言うと母さんは観念したようだった。ふと、ベッドの下から何かを取り出す。
「これ、魔女さんに預けるわ」
そう言って、母さんはアニマに何かの本を手渡した。
「これは……」
「その魔宝具を消滅させれば、この屋敷毎消滅するわ。私も、そして、私の過去に同じく囚われている、哀れな私の夫も一緒に……だから、魔女さんにお願いするわ」
そういうと母さんは再びベッドに横になった。
「もう眠るわ……魔女さん。ジョセフのこと、よろしく頼むわね」
そういって母さんはもう何も喋らなくなった。俺とアニマはそれからしばらくしてゆっくりと部屋の外に出たのだった。




