婦人の肖像
「出来の良い絵画には魂が宿っている」
「……これ、なんだ?」
「マジック・ジャンク」の店内に入った俺は思わず戸惑ってしまった。
店の中に、絵があるのだ。しかも、大きな絵である。
それは肖像画で、描かれているのは、どうやら婦人のようだ。
どことなく不気味な感じのする婦人は微笑を湛えながらこちらを見ている。
「……これ、魔宝具か?」
「ええ。そうよ」
アニマの声だった。見ると、椅子に座ってこちらを見ている。
「絵……だよな? なんでこんなのがあるんだ?」
「売った人がいるからに決まっているでしょ。さっき売ったのよ」
俺はもう一度絵を見てみる。
確かに少し不気味に思えるから、売ってしまうのも理解できるが……
「……ん?」
俺は少し異変を感じた。今……絵が動いたような気がしたのだ。
「……なぁ、アニマ。この絵……動かなかったか?」
「へぇ。そうね。動くかもしれないわね」
頬杖を付きながら、適当な返事をするアニマを無視し、俺はもう一度絵を見てみる。
今、少し目が動いたように見えたのだが……
と、俺が見ている前で、今度はギョロリ、と、婦人は目を動かした。
「うおっ!?」
俺は思わず叫んでしまったそんな俺を、アニマは面倒くさそうに見る。
「どうしたの? いきなり大きな声を出して」
「お、お前……この絵、生きているぞ?」
俺がそう言うと、アニマはチラリとを見た。
絵はアニマの方を怒りの形相を丸出しにして見ている。
「ああ。そうね。生きているわね」
「え……お、驚かないのか?」
「ええ。たまにいるわよ。こういう生きている絵」
何事もなかったかのようにアニマは俺にそう言った。
どうやら、アニマにとっては珍しい光景でもなんでもないようである。
「ど、どうするんだよ……こんな不気味な絵」
「どうするって……誰かが買うまで放っておくしか無いじゃない」
「はぁ? こ、こんなものを店の中に置いておくのか?」
「ええ。問題ある?」
「大有りだろ! 俺が安心して店の中を物色てきないじゃないか!」
そこまで言って思わず俺は口を塞いだが、もう遅かった。
アニマは良いことを聞いたと言わんばかりニンマリと微笑む。
「そう。じゃあ、一番目立つ所においておこうかしらね」
俺は仕方ないと思い、ちらりと絵を見てみた。
絵は怒りの形相で俺のことを見ている。
……こんな絵は売れるはずがない。これは、当分、嫌な思いをしながら店の中を物色しなければいけないようであった。
そして、実際、その後しばらく、俺は店の中をものすごく嫌な気分で物色しなければいけなかった。
肖像画の婦人は、俺が来る度怒りの形相を俺に向けてきた。
もっとも、俺にだけ怒っているわけではないようで、アニマに対しても怒りの形相を向けていた。
しかし、アニマはまるで気にしてないようだった。俺の方は気になった仕方なかった。
これは、しばらく「マジック・ジャンク」に行くのを控えたほうがいいかもしれない……そう思った矢先だった。
「……へ? 売れた?」
俺は思わず聞き返してしまった。アニマはコクリを頷いた。
「ええ。売れたわよ。それなりの値段で」
「マジかよ……あんな不気味な魔宝具、どんなヤツが買っていくんだ?」
「そりゃあ、もちろん、あの絵と同じような絵を持っているような人よ」
「……は?」
アニマは飲んでいたお茶のカップを置くと、不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「生きている絵だって、一人ぼっちじゃ寂しいのよ。だから、同じような絵がもう一枚あれば、絵の中で大人しくくれるものなのよ」
「……つまり、この絵を買っていったやつは、あんな生きている絵をもう一枚持っているってわけか?」
「ええ。たぶん、あの様子だとコレクターね。きっと、あの人が持っている絵は全部、生きているんでしょうね」
俺はそれを聞いて愕然とした。世の中にはそんなヤツがいるだなんて、少し信じられなかったからである。
アニマはもう一度カップを口元にやっていきながら、俺の事を見る。
「アナタ、私のこと変人ってよく言うけど、世の中には私以上の変人がゴロゴロしているものなのよ」
そう言われて俺はなんとなく、納得したが、それでも、アニマは相当な変人だと思うのだった。