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裸虫

「いないと思うやつには見えないのさ」


――狡猾な商人

「……何やってんだ。お前」


 俺はアニマの店に来て思わず絶句してしまった。


「ああ。タイラー。いらっしゃい」

「あ、ああ……で、何してんだ?」

「え? ああ、昆虫観察よ」


 そういってアニマが見ているのは、何も入っていない空き瓶だった。

 俺は思わず苦い顔をしてしまう。


「……えっと、何か辛いことでもあったのか?」

「え? ないわよ。どうして?」


 アニマはキョトンとして俺を見る。俺は気まずそうに小瓶の方を見る。


「だって……その瓶の中、何も入ってないじゃないか」


 俺がそう言うと、アニマはようやく気付いたようでなぜか、ニッコリと笑った。


「この瓶の中にはね、裸虫が入っているの」

「……裸虫?」

「そうよ。ちゃんとこの瓶の中には存在しているわ。アナタには見えないの?」


 そう言われると、今度は俺の方が不安になってきた。

 ……もしかして、おかしいのは俺の方なのか?

 俺が見えていないのがおかしくて、見えているアニマが正しいのか?


「……えっと、それって、魔宝具なのか?」


 俺は小瓶を指さしてそう訊ねた。


「ええ、立派な魔宝具よ」


 自信満々に、アニマはそう言って微笑む。

 なんだか裏がありそうで、どうにも信用出来ない。


「そ、そうか……」

「もしかして、タイラーには見えないのかしら? 何か先ほどから反応がおかしいけれど」

「え……あ、いや、見える……ぞ? 見える……うん」


 俺がそう言うと、アニマは俺の返事に満足したようだった。


「そう。じゃあ、これ、タイラーに上げるわ」

「……え? お、俺に?」

「ええ。売ってもい別に構わないわよ?」


 そういってアニマは俺に、何も入っていない小瓶を手渡した。

 俺は受け取った小瓶をもう一度見る。

 やはり、何も入っていない……しかし、どうにもアニマの反応を見ていると、本当は、見えない何かが入っているように思える。


「あ……ありがとう」


 俺はそう言ってそのまま店を出てしまった。

 小瓶を見ながら、俺はもう一度考える。


「売れる……のか?」


 俺は半信半疑ながらも、街に行ってみた。

 そこで、アニマとまったく同じようなことを、買い取り商人の親父にやってみた。

 すると、最初は俺のことを完全に馬鹿にしていた親父も、結局、小瓶を俺から買い取ったのだ。

 俺はなぜか小金を手にして、そのままもう一度アニマの店に戻った。


「あら。帰ってきたの? どうだった? 裸虫」

「……売れた」

「へぇ。良かったわね。さすがは、魔宝具なだけあるわ」

「……なぁ。その……裸虫っていうのは、透明な虫なのか? どうにも俺には……」


 と、そこまで俺が言うと、アニマは嬉しそうに目を細めた。


「ああ、やっぱり虫だと思っていたのね」

「え……違うのか?」

「ええ。言ったじゃない。あれは、魔宝具だって」

「だから、虫が魔宝具なんだろ?」

「違うわよ。小瓶の方」


 そう言われて俺は思わず「はぁ?」と言ってしまった。

 アニマはさらに嬉しそうに目を細める。


「あの小瓶はね、人を信用させる小瓶なのよ。ある詐欺師が、あの小瓶の中に裸虫という価値のある虫が入っていると言った。すると、その説明を受けた人もそうだと信用した。信用して小瓶を買った人は、同じようにして小瓶の中には裸虫が入っていると言って……それが連鎖していった結果、あの小瓶には裸虫という価値ある昆虫が入っている、と思わせる力を持った魔宝具になったのよ」


 アニマの説明に、俺は納得はできた。

 しかし、言われてみれば、どうしてそんなことをしてしまったのか、未だに理解できなかった。


「でも……もしかすると、いつかは本当に価値あるものになるかもしれないわね」

「……どういうことだ?」

「だって、何人もの人が、裸虫という存在を信じれば、そこにいなくても、裸虫は小瓶の中にだけは存在することが出来るわ」

「……そういうものなのか?」

「ええ。そうよ。魔宝具なんて、大半がそういうものなのだから」


 そういって目を細めるアニマを見て、やはりどうにも、魔宝具というものは、安易に手を出してはいけない代物だということが理解できた。

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