第 9話 拠点にて
『パーラーはるら』は休業が続いている。
店主の2人が葬式に行った日から。入り口にぷら下がっている『本日休業』の掛け看板。
可愛らしくレタリングされたそれは、沙羅のお手製だ。
この店が営業を開始して約1年。
固定客も順調に増え、連日賑わいを見せていた店が営業を停止して、もうすぐ2週間になる。
小さなプレハブのこの店は、敷地内に後から建設された、比較的新しい建物だ。
元々は、広い庭に、洋館とも呼べるレンガ造りの家が1つあっただけだったという。
何番目かの所有者が、敷地の外れに物置小屋を建設し、現所有者の春樹と沙羅がそれを店につくりかえた。
店主は、今日も営業を再開するつもりは無い様だ。
休業期間中、来客はしばしばあった。
呼び鈴が鳴らされた事もあったし、ドアをノックする客も多かった。
だが、それでも『パーラーはるら』が営業する事は無かったのだ。
まだこの島が平和だった頃。
朝の仕込みに手間取って、開店の準備も出来ていないというのに、店の前で列を作る客も多くいた。
のどかでゆっくりと時間が流れるこの島で、慣れない2人の作業に文句を言ったり、追い立てる様な者は1人としていなかったが。
おせっかいなあの老人は、見てられないと言わんばかりに、2人を手伝ったりしてくれたものだった。
ここ最近の来客は違った。
文字通り、『何か』に追い立てられて、助けを求めていた。
ドアにすがりつき、けたたましく叩きながら叫ぶ。庇護を求めて。
背後からは、ゆっくりと覚束無い足取りながらも、確実に近付いてくる変異した『元』人間達。
やがて、家の内部から何の反応も返ってこない事に絶望し、泣く泣く別の方向へと走り去っていく。
こういった事が、何度かあった。
2人は家の中で気配を消し、客がいなくなるのを待っていたのだ。
その度に、春樹は悔しさに歯噛みしていた。
助けを求められているのに、手を差し伸べずに見殺しにする。
何度やっても、慣れないものだった。
しかし、間違える訳にはいかない。一番守りたいものが傍らに居るのだから。
春樹は映画に出てくる主人公の様に何でも出来るヒーローではない。
何より、下手に人助けを試みて失敗するリスクと恐怖を、誰よりも知っているのは彼だ。
逃避行の末に辿り着いた1件の家。ここは、彼らにとって重要な『拠点』だった。
この家の最初の持ち主はアメリカ人だった。
米国空軍の将校だった彼は、基地内ではなく、わざわざ島の集落の片隅に家を構えた。
妻と、子どもが2人の4人家族だったという。
『平和憲法』とも揶揄される日本国憲法。
その象徴の1つとも言える『非核三原則』は、実は早々に破綻していた。
三原則の内訳は、
日本国において、核兵器を
①持たず
②つくらず
③持ち込ませず
というもの。その内の『持ち込ませず』が、破られていたからである。
つまり、国内の米軍基地には、核兵器が持ち込まれ、保管されていた。
極東の重要防衛拠点であるこの島の基地も、例外では無かった。
それを知っていた将校は、自らの邸宅に備えを施していた。
この家に地下室を設けたのだ。
アメリカの家屋には、多くのものに地下室が作られている。
地下室にロマンをもっていたり、穴を掘るのが好きだからという訳では無い。
日本と違い、竜巻による被害が多く発生するためだ。
緊急時の避難先として、必要不可欠な施設だった。
将校がこしらえた地下室は、通常のそれをさらに上回る役割を果たせるものだった。
物資を蓄える十分なスペースの他、台所、トイレ、浴室までが備え付けられており、地下室内での長期間の居住にさえ耐えられる構造だ。
恐らく、核兵器による被害、その後の環境汚染までを見据えた措置だったのだろう。
もっとも、核による脅威をこの程度の備えで凌ぎきる事は到底不可能である。
それでも、彼は気休めの努力をせずにはいられなかった。
米軍の1人としてこの地に赴任してくる事の、悲壮な覚悟を想像させられる。
だが、彼がここを活用する事はついに無かった。
サイゴンで勇敢に戦った彼だったが、星条旗に包まれた、遺体の入っていない空の棺に、焦げた認識票だけが祖国へ戻る事を許された。
それに伴い、家族もこの島を離れていったらしい。
その後紆余曲折を経て、『軍用地』を持つ沙羅が最終的にこの家に住む事になった。
因縁を感じずにはいられない巡りあわせである。
今では、彼女にとって代えのきかない重要な要塞となっている。
ここを手に入れてからの数ヶ月間。2人はひたすら物資の備蓄を進めてきた。
保存の利く食料品や飲料水を中心に、医薬品や衣類、日用雑貨と、相当な量がここに運び込まれている。
……沙羅個人所有の香水・化粧品や小物、ぬいぐるみに至るまで。
台所以外の水は全て井戸水を利用している。電動ポンプでのくみ上げ式だが、非常用に手動でくみ上げる旧式のポンプまで用意されている。
ちなみに、台所の水道だが、万一インフラが止まってもしばらくは問題ない。
1990年代半ばまで、この島は慢性的な水不足に悩まされてきた。
河川が短く、雨水がすぐに海に流れてしまうという、貯水に不向きな小さな島特有の問題だった。
そのため、ここの民家の多くは、貯水タンクが屋上に備え付けられている。
この家も例外では無く、無駄遣いをしなければそれなりに長い間は凌げる。
もっとも、貯水ダムの増設が進むにつれて、こうした備えも必要無くなってきているが。
最終的には井戸水に頼れば生きていける。水質検査の結果、飲んでも問題は無いらしい。
台所にぽっかりと口を開ける煙突は、1階の暖炉を突き抜けて地下室から屋上までまっすぐに伸びている。
換気口となる空気穴も数ヶ所設けられているので、燃料さえ確保出来れば火の使用も問題無い。
それだけの設備を、たった2人で占有している事に、春樹は罪悪感を感じている。
万能ではない自分を自覚しつつも、無駄なものの様に他を切り捨てる自分に嫌悪する。
ましてや、この地にやってきて日の浅い自分達を、快く受け入れてくれた人々を一方的に遠ざけているのだ。
基本的にお人好しである春樹にはつらい行為であった。
ドアを叩く人影の、その顔を決して見てはならない。
彼が自らに課したルールだ。
意志の弱い自分は、そんな些細なきっかけを得た瞬間、きっと何も考えずに迎え入れてしまうだろう。
そうなったら最後だ。歯止めを失った自分の行動は、きっと破滅を招くだろう。
自分だけでなく、沙羅をも巻き込んで。
田舎町独特の人と人のつながりが、彼のジレンマに重みを与えていた。
故に、来客がある時、春樹は1階には居ない。
その気配から遠ざかる様に、地下室へと逃げ込むのだ。
いずれ立ち去るであろう客の幸運を祈りながら。
沙羅だけが、注意深く客の動向と外の様子を窺っている。
そんな生活がしばらく続いた後、変化が表れた。
ぱったりと来客が途絶えたのだ。同時に、家の周辺から人の気配も消え失せた。
代わりに、おぼつかない足取りで周りをうろつく変異した化け物達が目立つ様になってきた。
どうやら、正常な人間と変異した化け物の生存競争が膠着状態に陥ったらしい。
事態を把握出来ずに逃げ惑う事しかしなかった人々があらかた『向こう側』へと回り終えた。
そして、いち早く危険を察知し、家への篭城か安全な場所への避難を果たした事で、この近辺から外を無闇に歩き回る人間が姿を消したのだ。
映画の中とほぼ同じ展開だ。ここからは持久戦になる。
電気・水道といったインフラは数日前から供給をストップさせている。
当然だろう。維持する人員が居なくなったのだから。
この地域は、都市ガスではなくプロパンガスが主流なので、ガスだけはまだ使える。
が、ボンベを各家庭へと配送する勤勉な配達員も姿を消したため、今あるボンベのガスを使い切ったら火すらも満足に扱えなくなる。
こうなってくると、生きている人間も余裕を失っていく。
生き残った安堵よりも、明日への不安の方が増していくのだ。
日に日に減っていく食料。水。
調理すらままならない環境では、口に出来る物も限られてくる。
篭城に成功した生存者達も、いつかは兵糧攻めに耐えかねて、外に出なければならない。
物資の確保のために。
これからは、生きている人間にも注意しなければならない。
彼らにとって喉から手が出るほど欲しい物を、2人は山ほど溜め込んでいるのだ。
迂闊に人と出会う事は危険だ。
無垢で無害な避難民だけではない。やけになって暴徒化している人間も発生しているはずだ。
たとえ人でなしと罵られようと、確実に生き残らなければ意味が無い。
少なくとも、いつも側に居てくれる恋人だけは守りたい。
今は平和に食事をとっているが、それもいつまで続けられるかわからない。
しばらく篭城を続けるとしても、今後の長期的な方策を練る必要がある。
デザートのパイナップルの切り身を1つ口に放り込み、春樹はため息をついた。
暦の上では11月。
常夏のこの島にも秋が訪れていた。
ここでは紅葉が発生しないためわかりづらいが、この頃少しずつ気温が下がってきている。
『パーラーはるら』は、今日も休業だ。もう営業を再開する事は無いだろう。
もはやまともな来客は見込めまい。
のどかな日常が戻ってくるはずも無く、静寂が支配するこの島で、春樹と沙羅の『逃避行』は『戦い』へと局面を移行させつつあった。
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