第 3話 異変
出会って(再会して)から3年。異変は突然現れた。
「春眠、暁を覚えず」
寝ぼけ眼をこすりつつ、温もりに後ろ髪を引かれながらも春樹はベッドから起き上がる。
隣りに沙羅の姿は無い。朝はいつも春樹より早く起床し、率先して朝食を作ってくれる。
恋人関係になって既に2年。トラブルやすれ違いも時にはあるが、蜜月の生活は概ね順調。1人暮らしだったこの部屋も、ずいぶん華やかなものになった。というか、同棲しているし。そろそろ結婚とか意識した方が良いのだろうか。そんな事を考えてみた今日この頃。
……沙羅の『球』が赤い。
「う~ん、またか」
「?どうかした、ハルキ?」
人生、生きていれば色々あるものだ。死の危険に晒される事だってあるだろう。
「いや、人生は波乱万丈の方が面白いってね」
「あーー…もしかして死神さん?」
「ああ。まあ、今回も丁重にお断りしてお帰り願うかね」
ファミリーレストランの時に、『球』の事は沙羅に打ち明けた。意外にもあっさりと受け入れた沙羅に、自分を特殊扱いしていた春樹は少しだけ恥ずかしさを覚えたものだった。
「無理はしないで良いからね。生命保険とか入った方が良い?」
「いや無理するよ。俺を1人にしないでくれ」
「ごはん出来たっ。今日のスクランブルは自信作!」
「いただきます。今日も感謝」
赤い『球』以外はいつもの日常。
人生色々。なかには何度も死にかけるようなヤツだっているだろう。病気がちなおじいちゃんは何度も青と赤を繰り返す。沙羅だって今回でまだ3回目。点滅したらまた頑張ろう。
食事を終え、洗い物を済ませたら出勤の時間だ。今日も普通に頑張ろう。
いつもの時刻に、いつものように2人で家を出る。しかし、そこはいつもの日常とはいかなかった。
「……何だよ、これ」
思わず口に出してしまった春樹。時刻は午前8時を少し回ったところ。
ホームは通勤・通学の人々であふれかえっている。駅の人口が一番多い時間帯。いつも通りの光景、いつも通りの喧騒。だが、春樹だけは非日常の中にあった。
「みんな、赤い」
「……え?」
そこには、青い『球』がひとつも無かった。どこを見渡しても、赤い『球』を持つ人間しか見当たらない。
老若男女、等しく死神にとりつかれている。
赤い『球』は駅だけにとどまらなかった。どうやら、この街全体が赤に包まれているらしい。会社の同僚達も、得意先のお客様方も、近くの小学校の元気なちびっこ達も。1年後にはみんないなくなるらしい。
仕事が終わり、2人仲良く家路につく。しかし、春樹の足取りは重い。
夕食を済ませたあと、沙羅と今日のことを整理する。
「1年後までに、この街で何かが起こって、人間はほぼ全滅する」
「やー、大変な事になったね」
どことなく暢気なわが恋人。本当なんだけどな。どうしたものか。
「大震災でも起こるってこと?もしくはテロとか?」
「う~ん。そうだとしても、死亡率が異様に高いんだよな。青い『球』には今日は10人も会えてない。街ひとつが全滅するなんてこと、そうそう起こるとは思えないんだけど……」
1人難しい顔をしていると、沙羅が質問を重ねてくる。
「赤ってことは、今すぐに何かが起こるわけでは無いんでしょ?」
「ああ、個人差はあるが、赤くなってから数ヶ月~1年後に点滅になる。点滅しだしたら、あとは24時間以内に死ぬな」
「赤の人が、点滅しないでいきなり死んじゃうっていうことは?」
「今のところそれは無いな。点滅しだしてすぐに死ぬパターンはあったけど」
「今日見かけた赤い人で、点滅してたのはどれくらいいたの?」
「割合的には普段と変わらない。100人に1人くらいだよ」
「じゃあ、しばらくは大丈夫だね」
そう言いつつ、沙羅はパソコンを起動させた。天然なところもあるが、意外に冷静に現状を分析しているようだ。案外頼りになるのかも。
「ねえねえハルキ、有給は何日残ってる?」
「ん?ほとんど使ってないから、18日くらいじゃないかな?」
答えつつ、沙羅の方に目をやると、旅行代理店のサイトを華麗に渡り歩いていた。
「旅行しようよ、旅行!」
やっぱり天然なのかも知れない。
「わたしとハルキ、2人だけの楽園探求ツアー!」
「楽園を探しに行くの?」
「うん!まずは外に出て、大災害の規模を調べないと。どこまで行けば安全なのかは、ハルキが教えてくれるでしょ?」
「なるほど。でも、それなら土日を使って電車で行ける範囲の探索で良いんじゃない?」
「もちろん、旅行に行くのはその後だよ。全国規模のヤバい災害だったら、少しでも青い『球』の人が多いところへお引越し。そのための候補地探し!」
「引越しって、仕事はどうするんだよ?」
「大丈夫、何とかなるよ。わたしら、まだ若いんだからさ。まず、GWまでは近くの探索をして、5月以降は見知らぬ土地へ大冒険!」
とんとん拍子に今後の予定が埋まっていく。普段の春樹なら、苦笑しながらも微笑ましい彼女の強引さに身を任せていただろう。
尻にしかれるのも悪くない。出不精な自分の事だ。沙羅が引っ張ってくれなかったら、旅行なんて話題にすら上らなかったに違いない。
しかし、今この時点においては、戸惑いと違和感の方が彼の心を大きく占めていた。
どうしてこうなった?未然に防ぐ方法は何か無いのか?
ここまでの規模の赤い『球』は流石に初めての経験だったため、動揺は隠せない。
何より、これからたくさんの人間が死ぬというのに、彼女の明るさが理解出来なかった。
「なあ、怖くないの?」
沙羅への違和感、不信感。そういったもの全てが、この一言に集約され、春樹の口からこぼれ出た。
途端に、沙羅の顔から笑みが失せる。
「……怖いよ。日常が壊れることもそうだけど、何より、ハルキから来年には死ぬって言われたことが」
その言葉を聞いた時、春樹は自分の愚かしさを呪った。きっと、沙羅は今朝からずっと怖かったに違いない。
不安な気持ちを押し殺し、努めて明るく振舞っていたのだ。
一見浮かれ気味に話をしていたその内容も、全て自分達が生き残るための最善を模索する話題ばかりだった。
『球』という形で視覚情報として死が視える春樹とは違い、沙羅には何もわからない。死の危険を知らせる赤い色も、緊急性を告げる点滅も。
「わたしには人間の『球』は視えないけど、ハルキも自分の『球』は視えないんでしょ?」
「……ああ。自分のだけは視えない」
「じゃあ、わたし、ハルキのセンサーになる。ずっと一緒にいるからさ。わたしの『球』が点滅したら、きっとハルキも危ない。そしたらわたし、絶対ハルキを守るから」
なんてこった。ここまで言わせてしまうなんて。
つくづく、浅慮な自分に嫌気が差す。この娘を守るためには、どうやら相当しっかりしなければならないらしい。
でないと、守られてばかりで逆に自分がお荷物になってしまいそうだ。
決意を新たに、恋人の方に顔を向ける。
「俺も、サラを守れるように頑張るよ」
普段春樹はこんなセリフを言わない。故に、早速頑張ってみたのがこの一言なのであったが、肝心の沙羅はもうこちらを見てはいなかった。
パソコンと向かい合いつつ、満面の笑顔で一言、
「今度の日曜日は、お隣りのあの県に行こうよ!わたし、飛騨牛のサーロインステーキ、食べてみたい」
やっぱり、天然なのかも知れない。
こんばんは。この話も難産でした。
が、まだゾンビ出ませんね。。。