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第29話 楽園の終焉

 長治夫妻の非業な死から時は遡って夜明け前。1台の街宣車が国道を行く。群がる感染者をはね飛ばし、楽園病院へと向かう。

感染者の群れは、映画で見られる様に密集してはいなかった。ゾンビの群れがぴったりとくっついて歩いて来るアレは、恐怖心を煽るための映像の演出だったのだろうか。

いや、単に目の前にいる彼らの歩行速度がまばらなだけであろう。

いつか花梨が言っていた事を思い出す。

『連中にも個体差があって、ベッドの下まで覗き込む様なイヤらしいヤツも居れば、ドアを開ける事も出来ない馬鹿も居るんですよ』

ここまで個々に差があるとは思っていなかったが、今それはどうでもいい事だ。

ショッピングモールでの無差別人身事故の経験を活かし、車のコントロールを保てるギリギリの速度で障害物を蹴散らしていく。

久我丹大橋はもう目の前だ。


 大音量で音楽を垂れ流す楽園病院の正門には、感染者の大群が詰め掛けていた。

春樹らが駆ける国道と違い、門に阻まれて進めない感染者の群れはすし詰め状態だった。

どこぞの大使館の前でデモをおこなう群集の様に、門に手を掛け敷地内への侵入を試みる。

プラカードを持たず、何の主張も声にしない彼らは、デモ隊とは似ても似つかない異質な存在であったが。

群れの後ろに詰める感染者は増える一方だ。その様子を、桐子は背筋の凍る感覚を堪えながら見守っている。


 正門の閉鎖作業をおこなっている間、桐子は気が気ではなかった。

重厚な鉄扉は、開閉の際には電動モーターの力を借りておこなう。

モーターの駆動はお世辞にも機敏なものとは言えず、引き戸式の門はゆっくりと閉じていく。

監視カメラでその様子を見ていた桐子。感染者の群れはまだ到達していなかったものの、今にもやって来るという状況に変わりはない。

挟まれ事故防止のために、門の先端部分には接触センサーが付いており、門が閉じる前に異物を感知したら、その時点でモーターの駆動が止まってしまう。

つまり、感染者が侵入しようとして閉門前の門の縁に触れるだけで、病院の篭城は失敗してしまうのだ。

幸いにも、その懸念は杞憂に終わった訳だが、門を閉じて数分で今の様な状況になってしまった。

あっという間に門の前に感染者の群れが押し寄せ、行く手を阻む門が悲鳴をあげる。

それは、異様な光景だった。


 先にたどり着いた感染者ごと、群れの後ろの集団が門を圧迫している。

先頭の感染者は、門と群れの間で押し潰され、見るも無残な姿になっている。それでも、後ろの連中はかまう事無く門への前進を継続する。


 やがて、肉の破城槌が病院の守護を一手に担っていた正門を打ち崩した。

ギシリと、不吉な音をたてたかと思うと、正門の鉄扉が大きく傾く。

「そ、そんな……!!」

桐子の叫びも虚しく、楽園病院の威容を象徴していた重い扉は内側に倒れこんだ。

その拍子に先頭の感染者が十数人ほど敷地内に転がり込む。地面に倒れ伏した彼らを、後から来る仲間達は容赦なく踏み越え歩を進めていく。

ゆっくりと、だが確実に、病院への侵略が開始された。


 陽動作戦の実行にあたって、病院内の生存者達は体育館を兼ねた多目的ホールに集まっていた。

寝たきりの要介護者や、施設運営のために持ち場につく者を除く、ほぼ全ての人間がその場に揃っている。

不測の事態が起こった際、迅速に行動が出来る様にとの名目だったが、実際は各々が不安を紛らわせる為に身を寄せ合っているだけに過ぎない。

この作戦が上手くいかなければ、どの道コミュニティに明るい明日は訪れないのだ。その不安も仕方の無いものであろう。


 真人・花梨の2人もその中にあった。

ざわざわと騒がしいホールの雰囲気は、かつて崩壊した、あの中学校の体育館を連想させる。

「……なんか、よくない雰囲気だな」

「うん。いざという時のために、準備だけはしといた方が良いと思う」

言いながら、花梨が真人にバックパックを差し出す。食料や飲料水、簡易毛布までが既にその中に揃っている。

「あとは、春兄と沙羅姉が来てくれれば大丈夫。ここから逃げるのは厳しいけど」

辺りを注意深く見渡す花梨。正門が倒された轟音がそこに響いたのは、その時だった。


 「何だよ、コレ……」

久我丹大橋を渡り、病院へとたどり着いた街宣車の中から、思わず春樹が呟く。

おびただしい数の感染者は、既に敷地内へと到達しており、あちこちで悲鳴が上がっている。

ラジオ体操のあの音楽は、相変わらずスピーカーから大音量で流れ続けている。

「ハルキッ!!」

沙羅の声が耳に届くのとほぼ同時に、春樹は周囲の状況を理解する。

街宣車が包囲されつつある。幸い、動きの速い感染者は1号車がほとんど連れて行った。

それでも、いつまでもその場に留まる訳にはいかない。再び街宣車が地を駆ける。

「真人と花梨はどこだ……!?」


 真人・花梨の居る多目的ホールに感染者が押し入って来るまでに、それほど時間は掛からなかった。

ホール内は絶叫と悲鳴に包まれたが、この事態を想定していた真人達はその中にあっても比較的冷静だった。

予め非常口の側へと移動していた彼らは、バックパックを背負い、ホールから脱出を試みる。パニックに巻き込まれる前に、素早くここを出る必要があった。

「病院の人達が、ある程度時間を稼いでくれる筈だから……」

冷淡にも取れる花梨の言葉に、真人は何も言わなかった。

「……とりあえず、この場をやり過ごせる場所に行かなきゃな」

多目的ホールは正門を過ぎてすぐ正面にある。群れが最初にここに殺到したお陰で、非常口付近に感染者の姿は見当たらなかった。

辺りを見回して安全を確認した真人は、花梨を連れて走り出す。目指すは、敷地の一番奥にある病棟だ。

敷地内にある施設の中で一番大きく、頑丈で尚且つ隠れられる様な場所も多い。無計画に逃げ回るより、少しは安全な筈だ。


 一番手前の、50~60代と思われる初老の男性と思われる感染者の眉間にスコップを突き立てる。頭蓋骨を砕き脳を通り抜ける嫌な感触が掌に伝わる。

胸元を蹴りつけると同時にスコップを引き抜くと、春樹は改めて周りを見回した。

敷地内は多くの感染者で溢れかえり、鉄扉を破壊された正門からは新たな群れが次から次へと流入してくる。

とりわけ目に付くのは、多目的ホールだった。多くの感染者が、我先にとあの中へと殺到している。

散発的に悲鳴も聞こえる事から、あそこは阿鼻叫喚の地獄絵図になっているのだろう。

群れを掻き分けてホールに入るのは不可能だ。今は、あの2人があそこに居ない事を祈るしかない。

あまりの人口密度に身動きが取れなくなる前にと、やむを得ず街宣車を放棄した春樹は、最早収拾のつかなくなった病院内の有様に舌打ちする。

エンジンもスピーカーもつけたままの車は、手近な感染者の興味をある程度引いてくれるだろうが、それも気休めにすらなるかどうか。

この状況を見る限り、楽園病院はもう終わりだ。生存者達が何処に居るかはわからないが、順次食い殺されていくだけだろう。

故に、春樹と沙羅がするべき事は限られていた。真人・花梨の2人と合流し、病院を脱出する。

「でも、何処に行けば良いんだろうね……?」

沙羅の言うとおりだった。仮に首尾よくここを出たとしても、感染者の群れは国道を埋め尽くすほど大規模なものだ。

「とにかく……!」

スコップを水平に振り抜き、目の前の女性の頭を吹き飛ばす。背後では沙羅が自分よりも大柄な男の左目に鉄パイプを突き入れていた。

「ここにいても仕方が無い。あそこへ行ってみよう」

2人が向かうのは、夜明け目前の薄闇の中、唯一窓から灯りのもれる病棟施設だった。


 警備室を飛び出した桐子は、同じ病棟施設内にある病室の方へと向かっていた。

病室には1人では動けない寝たきりの老人達が居る。最近目覚めたばかりの良太の事も心配だった。

道すがら合流した他のスタッフ達も含め、10人が病室の1つに飛び込んだ時、事態が予測していたより深刻なものである事を知る。

「……っ!」

そこには、車椅子無しでは移動する事もままならない高齢の女性が居た。

歩けない筈だった彼女は、病室のベッドから起き上がり、静かに佇んでいる。隣にいる男性は知らない人間だった。その口元は、血に濡れている。

「あ、ああ……」

スタッフの男性が思わず後ずさり、入り口を出て通路の壁に背を預ける。そこで噛まれた。10歳にも満たないであろう女の子は、喰らいついた彼の腕を決して放そうとはしなかった。

男の絶叫が廊下に木霊する。

「なっ!? もうこんな所まで!」

バリアフリーを先駆けて導入した建築様式が仇となった。段差の少ない病棟内の構造は、動きのぎこちない感染者達の侵入を極めて容易なものにしていた。

「饒平名さん! ここはもうダメですっ! 別の場所に……!」

その場に居た誰かが叫ぶ。言われるまでもない。その言葉を脳が認識するより前に、桐子達は走り出していた。


 正門が突破されてわずか1時間足らず。病院敷地内のあちこちに入り込んだ感染者達。奥まった所にある病棟施設内もその例外ではなく、病室に取り残された者達を中心に犠牲者が出始めていた。

時間と共に増える感染者を避け、あるいは排除し、3組の生存者達が一堂に会したのは病棟施設内にただ1つあるエレベーターの前だった。

「桐子さん! 無事でしたか?」

「沙羅ちゃん!? 春樹君も。……運天さん達は?」

「あの2人は、まだ囮を続けてくれています。少なくとも、俺達よりは安全かも知れません」

春樹が言い終わる直前に真人達もそこへ到着する。

「春樹さん!」

「よう。お前達も怪我は無いか?」

それぞれの無事を喜んだのも束の間、感染者達もそこへ迫りつつあった。

「状況は絶望的だな……」

苦笑と共に弱音を吐く。その時、チン、という無機質な音と共にエレベーターの扉が開く。

思わず仰け反り、その場で持っていたスコップを構える春樹。

「え? とりあえず、上に行こうと思ったんですけど。何かまずかったですか?」

呼び出しボタンを押していた真人が、春樹を見て尋ねた。

「い、いや何でもない。乗ろうか」

「ゴメンね。ハルキ、臆病な人だから」

「……うるさいよ」

結局、エレベーターの中は無人で、総勢13人がそれに乗り込む。少し窮屈だったが、稼動に問題は無さそうだった。

屋上を示す『R』のボタンと同時に『閉』を押す桐子。エレベーターの扉がゆっくりと閉じていく。

軽い浮遊感の後、ゆっくりと動き出すエレベーターの中で、春樹は『5階』のボタンを押していた。

「すみません。ちょっと、寄り道しても良いですか?」

「……一緒に連れてくの? ハルキ」

「来てくれそうな状態だったらな。感染者も、まだ上の階には到達していないだろ」

「私も行く。あの子は、友達だから」

神妙な表情の花梨に、春樹は頷きだけを返した。

エレベーターが5階に到着し、扉が開いた時、予想した通りそこは無人のフロアだった。

「ちょっとだけ、そこで待っててもらえますか?」

桐子にそう告げると、彼女は黙って扉に手を掛けた。そうしている限り、それが自動的に閉まる事は無い。

「気を付けてね、ハルキ」

「ああ」

春樹と花梨の2人だけが、放送室へ向けて歩いて行く。放送室は、エレベーターを出て、廊下を30メートルほど進んだ先の左手にある。

5階のスペースのほとんどは備品や廃品を納めておく倉庫になっており、実際に運用しているのは滅多に使われる事の無い放送室のみである。

ちなみに、病室は3階までで、4階は存在しない。

『死』を連想させる4の文字は、楽園病院でも忌避されているらしい。つまり、実質ここは4階であったりする。


 放送室の中で、志喜屋茜はあくまで無表情だった。

両手首の傷はそれなりに深いものであったらしく、今も血が止まらず床に雫を落としていたが、特に痛みを感じる事は無かった。

昨日は昼食以降何も口にしていなかったが、特に空腹を感じる事も無かった。

今も、病院内のあちこちでひどい事になっているが、特に何も感じない。

なぜ、こんな事をしたのか? そう問われたとしても、多分うまく答えられない。茜はそう思った。

特定の誰かが憎かった訳ではないし、特定の誰かに死んで欲しかった訳でもない。

さらに付け加えるなら、自分自身が死にたい訳でもないから厄介だ。

自分の事が分からない。人殺しまでやっておきながら、何も分かりませんなんて、通るはずが無い事は流石に分かっている。

でも、これからどうすれば良いかなんて、やっぱり分からない。

「そろそろ、逃げないと危ないよね……?」

何となく独り言を口にして、気だるい身体を起こす。椅子から立ち上がり、入り口に向き直った所で、不意にその扉が開け放たれた。


 「お邪魔するよ」

そこに立っていたのは、予想通りの人物だった。

春樹は、放送室での暴挙の犯人は茜だと思っていたし、茜は、自分の所にやって来るのは春樹だろうと思っていた。

「ああ、蔵田さん。何か用ですか?」

「アンタ、これだけの事をしておいて……!」

花梨が声を張り上げる。茜は、全く動じる様子が無い。

「何で、こんな事をしたの?」

「さあ?」

「みんな死んでしまえば良いとか、そんな理由?」

「さあ?」

「アンタ、一体何がしたいの!?」

「……さあ?」

「ふざけないでよっ!!」

掴みかかる花梨。そのままの勢いで頬を張り、床に叩きつける。尚も暴行を加えようとする花梨の腕を掴んだのは、春樹だった。

「……花梨。今はそれはしなくて良い。っていうか、そんな場合じゃない」

茜の『球』は、予想通り点滅していた。このままここに放置すれば、近い内に死ぬという事だ。

「春兄! 分かってる。分かってる、けど……!」

「君へのカウンセリングとかは後回しにする。10人ちょっとだけど、生き残りが居るんだ。とりあえずついて来いよ」

花梨の腕を放し、茜を立たせる。そのままエレベーターまで連れて行こうとしたが、茜は思ったよりも衰弱している様だった。

3歩と歩かぬ内に膝が崩れてしまう。仕方なく、彼女を背負って歩き出す春樹。そこへ、沙羅の叫び声が聞こえてきた。

「ハルキッ! 感染者がそっちに向かってる!」


 茜を背に負ったまま放送室を出ると、廊下の隅からこちらにやって来る人影が見えた。

「階段を上って来たのか!? しかも、こんなに早く……!」

エレベーターはこちらが確保している以上、上階への移動には階段を使うしかない。

階段はエレベーターの隣りにあったが、エレベーターの中に居る沙羅達と、階段を上ってきた感染者はお互いが死角にあったせいで鉢合わせを免れたのだろう。

沙羅が気付いた時には、そいつはエレベーターを素通りして、放送室に向かう後姿だけが見えた訳だ。

放送室で揉めていた自分達だけが目立ったという事か。人影はぐんぐんとこちらに近付いて来る。

「な、何アレ?」

狼狽する花梨が不安を口にする。

「突然変異か何か知らないけど、えらく俊敏なヤツが出てきたんだよ。とにかく、エレベーターまで急ぐぞ!」

茜を背負ってエレベーターまで歩く。すれ違う際に転倒でもさせて、その横を通り過ぎるしかない。

そんな事を考えていると、その顔をはっきり視認出来る距離まで感染者が近付いてきた。

「……え?」

「ああ、何よ。あんた、やっぱり動くんじゃない。やっぱり、陸と同じなんかじゃ、ないのね」

「り、良太君」

感染者の正体に、それぞれ違った反応を見せる3人。そうしている内に、歩いてくる良太はみるみる内に距離を詰め、先頭を歩く春樹に襲い掛かる。

「くそったれ!」

咄嗟に右足で良太の鳩尾を蹴り飛ばし、地面に転がす。子どもの良太と大人の春樹では体重に歴然たる差がある。

2メートル近く転がっていった良太だが、特に痛がる様子も無く、平然と立ち上がってきた。

だが、3人がその横を通り過ぎ、エレベーターに到着するには十分な時間だった。

「桐子さん、茜をお願いします」

背負っていた茜を渡し、代わりに沙羅の持っていた鉄パイプを借り受ける。

「せっかく助けたのに、結局こんな事になるなんてな……」

鉄パイプを両手に持ち、正眼に構える。努めて心を静め、呼吸を整えつつ彼我の距離を測る。

「今、楽にしてやるからな……」

春樹の複雑な心境など理解する気も無い良太は、無造作に春樹との距離を詰めようと一歩を踏み出す。

「ああっ!」

裂帛の気合と共に踏み込む。全力で振り下ろす鉄パイプが良太の頭蓋骨を叩き割る、その直前。

つい、と、良太が頭を捻った。

「なっ!?」

避けた? 春樹がそう思考した時には、彼の一撃はわずかに良太の頭を逸れ、頭皮の一部と左耳を削ぎ落としつつ左の鎖骨を叩き折った。

それが人であったなら、行動不能に陥れるには十分な一撃だったが、今の良太はその程度では怯まない。

何事も無かったかの様に、間近にある春樹の腕を捕らえると、そこに牙を突き立てる……筈だった。

「な、何で……!!」

良太の牙は、春樹の首に届く事は無かった。その直前に割って入った沙羅の右腕に、深々と喰らい付いていたのだから。

「さ、沙羅……! うわああああっ!!」

握っていた鉄パイプを逆手に握り直し、力任せに良太の右目に突き入れる。

脳を抉って頭骨を貫通すると同時に、良太の身体がビクンと痙攣し、顎から力が抜ける。

彼はそのまま床に崩れ落ちたが、春樹はもうそれを見ていなかった。沙羅の腕からは赤黒い血が流れてくる。

「花梨! カバンから消毒液と包帯を出してくれ! 早く!!」

叫びながら、両手に渾身の力を込め沙羅の右腕を圧迫する。

「痛ぅっ!」

痛みに顔を歪める沙羅。それでも春樹は力を緩めない。良太の唾液を追い出そうとするかの様に、沙羅の腕を絞り続けた。

「春兄!」

花梨の手からオキシドールを奪い取ると、強引にフタを外し、中身をありったけ振り掛ける。

明らかに動揺し、うろたえる春樹の様子を見るに見かねて、桐子が手当てを引き継ぐ。

淡々と包帯を巻いていく桐子だが、こちらも明らかに動揺しており、2人に対して掛ける言葉も見つけられずにいた。

「ハルキ、大丈夫だった?」

間に合って良かった、とばかりに明るく振舞う沙羅。春樹は今にも涙が溢れそうになるのを抑えるのに必死だった。

「くそっ! 何で、何で……!?」

沙羅が噛まれた。沙羅が、噛まれてしまった。

そこに視えたのは、この騒動が起こってから、一番視たくなかったもの。掛け替えのない恋人の、白い『球』だった。

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