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第19話 新しい年

 平和だった。少なくとも、モールの内部では。

先住民達を諍いの末排除し、ショッピングモールに定住してから、はや1ヶ月が過ぎていた。

彼らはお世辞にも思慮深い人間とは言えなかったが、篭城に関しては極めて恵まれた住居を提供してくれた。

一通り見て回ったが、このモールはどこも堅固な造りであり、侵入した感染者も皆無だった。

正面入り口は相変わらずかなりの数の感染者に攻撃されているが、今のところ突破される気配は無い。

何より、食料や物資が豊富に揃っている。4人で独占するには申し訳無いほどに。

裏の搬入口さえ認識されなければ、まだしばらくは平穏に暮らしていけるだろう。


重傷を負っていた春樹と真人だったが、幸い骨折や内臓の損傷などといった深刻な怪我も無く、今はほぼ全快している。

怪我の治癒と体力の回復を図って療養している内に、世間はいつの間にか新年を迎えていた。

たまたまなのか、以前から探し続けていたのか。食品売り場で真空パックの切り餅を見つけてきた花梨が、嬉しそうに新年会の開催を提案してきた。

他のメンバーにも、特にこの提案を却下する理由も意向も無い。寧ろ、こういう状況だからこそ、人間らしい娯楽の享受は大切な事の様に思えた。

と、いう訳で、今日はいつもよりちょっとだけ豪華な夕食になった。

キャンプ用品売り場で拝借した七輪を使い、屋上で餅を焼く。

注意深く餅の動向を見守る春樹の傍らで、沙羅は醤油に蜂蜜を加え、タレを作っている。

焼きあがる頃には、真人が海苔を片手に屋上に顔を出した。ちなみに、もう片方の手に持っていた泡盛は沙羅の手により没収された。

生鮮食品の類は用意出来ないので、おかずの大半は缶詰になるが、パーティーの準備は概ね完了だ。

「明けまして、おめでとうございます」

今日だけは、いただきます、ではなくこの挨拶になる。

紅白歌合戦もレコード大賞も無かったが、新しい年はやってきた。

形だけであっても、正月は日本人にとって重要なイベントだ。この雰囲気は大切にしなければ。

たった4人の新年会は、つつがなく進行していく。


 「ねえ。ウチら、最後まで生き残れるかな?」

ふいに、ココアに息を吹きかけながら花梨が呟いた。

それは、誰もがいつも抱いている懸念だった。どこに居ても、何をする時も、心のどこかにその不安がある。

ショッピングモールの安全はここ最近の暮らしで証明されているが、恐怖心が完全に無くなった訳ではない。

「ごめんな。俺達大人がしっかりしてないから、不安になるんだよな」

「は? しっかりしてないのは春樹だけでしょう? 一括りにされるのは納得いかないんだけど」

「え……フォローはしてくれないの?」

「フォローのしようが無いじゃない。今回に到っては、真人まで危ない目に遭わせて」

「う、その……ご、ごめんなさい」

反論を挟む余地が全く見当たらず、頭を下げる事しか出来ない春樹。慌てて花梨は首を横に振る。

「ううん、そうじゃないの。春兄にも沙羅姉にもすっごく感謝してる。ずっと一緒に居て欲しいと思ってるよ?」

「……誰か1人でも欠けるかも知れない事が、怖い?」

真人の一言に、びくりと花梨の肩が跳ねる。

「……うん。春兄達は、いつもウチらの安全を第一に考えてくれるけど、そのせいでいつも危ない目に遭ってるから」

その言葉に対して、今度は沙羅が反論を封じられてしまった。

実際、今回の件はかなりのリスクを伴った行動が多かった。


 約束の時間が過ぎても戻らない春樹達に、沙羅の決断と行動はあまりにも早かった。

先行した2人の現状確認やモール内部の情報収集等、あらゆる必須事項を無視し、突入と言っても良い形で中へ侵入した。

一応気配を殺し、細心の注意を払っての潜入ではあったが、健人達がもう少しだけ用心深かったら容易に察知出来るものであった。

無論そうなった場合、最悪の事態も起こり得たのだ。

感染者の仲間入りか、奴隷の仲間入りか。どちらに転んだとしても、決して良い結末だとは言えまい。

今回は、たまたまその行動が最良の結果を呼び込んだが、分の悪い賭けであった事は紛れも無い事実である。

「春兄の事になると、沙羅姉はおかしくなる。あまりにも、自分への危険に無頓着過ぎるよ! 今の沙羅姉の姿を、ウチらや春兄がどう思うか、考えた事ある!?」

間一髪のタイミングで感染者を撲殺し、返り血に染まった沙羅。それを涙ながらに責め立てる花梨に、自他共に認めるマイペースが信条の沙羅も流石に考えさせられた。

春樹による大災害の予言以降、必要と思われるあらゆる知識と技術を急ピッチで習得してきた沙羅だったが、周りの仲間が自分の行動を見てどう思うかなど、考えた事も無かった。

無理も無い。周りに仲間が居る状況など、想定する事すら無かったのだから。

春樹さえ守れれば他はどうでも良い。

それが叶わないのであれば、自身の安全など何の意味があろうか。

能山沙羅における人生を生きる意義は、あくまで蔵田春樹の無事・安全の前提があってこそのものである。

長く自身の行動原理の根幹を成してきた部分であったが、その歪さを指摘されたのは初めてだった。

恐らく、その根幹が揺らぐ事はこれから先も無いだろうが、春樹だけでなく自分の身を案じてくれる花梨に対して、どう立ち回れば安心させる事が出来るのか。

誰からも必要とされなかった自分を、案じてくれる人が居る。

そんな物好きな人間は春樹だけだったが、今は花梨が居る。真人も居る。

これからは、自分自身の事も大切にしなければならない。彼らの心を守るためにも。

沙羅は苦笑する。面倒だな、と思いつつも、心の奥底にじんわりと温かいものが広がっていく心地よさを感じていた。


 「だから、危ないから留守番とか待機とか。これから先はそういうのやめよう?」

あくまで提案する様な口調で言う花梨だが、却下されたとしても引き下がる気配は微塵も感じさせない。

そんな決意に満ちた静かな表情だ。

「……わかった。この先は何をするにも4人一緒な。花梨、真人。俺達を助けて欲しい」

「了解っす。おれ、今度はちゃんとやりますから」

春樹の言葉に、間を置かず真人が答える。

「わたしも、もう少し周りを見る様にするね。2人とも、一途なわたしを宜しく」

「沙羅姉が一途なのは最初からわかってたよ。いつ結婚式挙げるのかなって、真人と2人で話してたんだから」

「この戦いが終わったら……って、それヤバいヤツだろ、絶対」

談笑を挟みながら、4人は右手を前に突き出し重ねていく。

たった4人による円陣。派手な掛け声が上がる事は無かったが、この日、4人は『仲間』になった。


 翌日、一行はモールを出る準備に取り掛かった。最初に、持ち運び出来そうな物資の選別を始めた。

モールを取り囲む感染者達の数が、日に日に増えていく事に危機感を覚えたからだ。

入り口のシャッターを叩く音が、周辺の感染者を呼び寄せているらしい。

素手で殴りつけているだけなのでそれほど大きな音は響いていないはずなのだが、この街を支配する静寂は、あまりにも深く、広い。

要するに、この隠れ家は目立ち過ぎるのだ。

いくらここの物資が豊富でも、このままでは身動きが取れないまま兵糧攻めで殺されてしまうだろう。

モール内部に侵入される危険も、時間の経過に比例して増していく。

千人規模の群集が形成される前に、脱出する必要がある。


 幸い、ここに来て移動手段が確保出来た。

屋上の駐車場に、何台かキーを差したまま放置された車両が見付かったのだ。

その中から、可搬性に優れたワンボックス車を選び、荷物を積んでいく。日持ちする食料や水、衣類に医療品にかさばらない程度の雑貨類。

必要なものはいくらでもあったが、持ち出せる量は限られている。

包囲に加わる感染者達が増えているとはいっても、その速度は極めて緩やかだ。

時間的なゆとりはあったので、慎重に物資の吟味を進めていく。


 その日の内に、モールに劇的な変化が起こった。

2階のフードコートに居た春樹らは、モール内の本屋で入手したこの島の地図を広げ、ここを出た後に向かう候補地を検討していた。

ずっと静かだったこの街に、自動車のエンジン音が響いている。

「……何だ?」

「こっちに近付いて来てますね」

状況を確認するために、4人は屋上駐車場へ向かう。誰もが嫌な予感に表情を強張らせていた。


 屋上のフェンスに辿り着いた時、ちょうど1台の乗用車がモールの敷地内に侵入してきたところだった。

徐行とは到底言えない速度で敷地内を走り回っている。

周囲をまばらに歩いている感染者を避けてはいるものの、何人かをはね飛ばし、それでも速度を緩める事無く走り続ける。

「……これって、モールの中に入ろうとしてる?」

静かに言う沙羅だが、その顔にいつもの余裕は感じられない。

「マズイな。正面は全部シャッターが下りてるけど、裏の搬入口は……」

春樹が言い終わる前に、乗用車は一際速度を上げ、モールの外周に沿って裏に向かって走っていく。

「春兄、どうする? 無視した方が良い? また悪い人だったら……」

焦りと不安に耐えかねて花梨が縋る様に聞いてきた。

「今すぐここを出よう。あれだけ大きな音を立ててるんだ。この辺りの感染者は皆やってくるぞ」

努めて冷静に、春樹は答える。出発はもう少し先の予定だったが、状況が変わってしまった。

「……あっ!!」

乗用車の様子をずっと見ていた真人が、短く叫ぶ。その直後。

けたたましいブレーキの音と、交通事故を間近で目撃した時の様な、物凄い衝撃音がモール内に響き渡った。

「……事故った!」

真人が続けて言う。

何人目かの感染者をはねた際、コントロールを失った乗用車は敷地内に放置されていたタクシーの横腹に正面から突っ込んだ。

車体の前側は大きくひしゃげ、エンジンルームからは白煙があがっている。もはや走行が不可能なのは明らかだ。

「中の人は……」

沙羅の言葉とほぼ同時に、運転席のドアが勢いよく開け放たれた。

運転席からは、中年の男が出てきた。男はそのまま後部座席に駆け寄り、ドアを開ける。

男が出てきた刹那、その様子を見ていた春樹の顔が凍りついたのを、沙羅は見逃さなかった。

少し遅れて、助手席のドアも開き、男の妻と思われる女性も降りてきた。

男は後部座席から、2人の子どもを引っ張り出した。小学校低学年くらいの男の子と、真人らと同年代に見える女の子。

車の中から出てきたのは4人。派手な事故だったが、それによって深刻な怪我を負った様子は無い。

「……りくあかね!」

花梨が悲痛な声で叫ぶ。

「知り合いなの?」

思わず花梨に言葉を掛ける沙羅。

「女の子の方は、学校のクラスメイトなの。避難所には居なかったけど、無事だったんだ……」

呆然と呟く花梨。沙羅の傍で、沈痛な表情を崩さぬまま、春樹が言った。

「……わかった。彼らを助けよう」

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