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第15話 生存者との遭遇②

 「あんたが守りたいものだけを心に留めておけば良いんだよ」

そう言ってくれたのは、一体誰だったか。

俺が、本当に守りたいもの。長いとも短いとも言えない、中途半端な27年とちょっとの人生。

その程度の範囲だと、そんな大層なものは自ずと限られてくる。

『守りたいのは何ですか?』

問われると、脳裏には1人の女性の姿が浮かび上がる。

長い間それは彼女だけだったが、最近になって連想する人間が増えてきたような気がする。


 頭が痛い。じくじくと脈拍に連動したリズムで襲い来る鈍い痛みに、春樹は意識を覚醒させた。

体を起こそうとするとひどい激痛が走ったので、仕方なく目だけで辺りを見回す。

バックヤードの事務所だろうか。いくつかのパイプ椅子や長机が目に入る。

少なくとも、倒れた場所からは移動させられたらしい。

「……春樹さん。目、覚めましたか……」

傍らに真人が座っていた。春樹の頭を抱える様にタオルを押し当てていた。

元は真っ白だった筈のタオルは、頭からの出血を一手に引き受けたのだろう。見るも無惨な真紅に染まっている。

「俺、どのくらい寝てた?」

痛みに表情を歪めながら春樹が尋ねる。少々無理を押して体を起こすと、頭の痛みは増したが、とりあえず後頭部からの出血は止まっている様だった。

「……大体3時間くらいです。あと、すみません。おれ、作戦通りに動けませんでした」

今にも泣きそうな声で呟く真人。よく見ると、彼の身体はボロボロの状態だった。

あちこちに打撲や擦過傷があり、所々血も出ている。

「……なあ、一体何があった?」

「……それは、その……」

「よーう、目ぇ覚めたぁ?」

ひどく場違いな、陽気な声が響く。そこに目を向けて、初めて春樹は自分達以外の人間がその場に居る事に気付いた。

「ようこそ、当ショッピングモールへ。ここは俺達のパラダイスだぜ? 歓迎するよ、お客様」

パイプ椅子の1つに腰掛けたまま、大仰に両手を広げ歓待を表現する男。

がっしりとした体格だ。座っているので分かりにくいが、恐らく身長もそれなりに高いのだろう。180は超えているかも知れない。

丸刈りの髪は特に染めている様子も無く、あからさまなヤンキー、という訳では無さそうだが、それよりも性質が悪いのは明らかだった。

「……ハズレだな。中の人間は、カスみたいなヤツだった」

真人にだけ聞こえる様に、ぼそりと春樹は呟いた。


 聞かれてもいないのに、椅子に座った男は饒舌に語り出す。

「俺らはさぁ、ここのバイトくんだったんだよ。騒ぎが起きた直後、店長の指示でシャッター下ろしたんだ。で、居合わせたお客さんと一緒にそのまま避難所生活さ」

災害時に発生する混乱に乗じての略奪を避けるための措置だろうか。否、単に感染者の侵入を恐れての対処であった可能性の方が高い。

真人の学校と同じ状況で始まった生活が、今はどうなっているのか。少なくとも、傍から見れば正常に継続されているとは思えない。

既に破綻していると考える方が妥当であろう。

「でもさぁ、たくさん人が居ると、色々面倒臭い事言い出すヤツが出てくるワケよ。家に帰せとか、外の状況をなんとかしろとか……」

周囲の様子と男の言動を照らし合わせて憶測を巡らせる。

有無を言わせず暴行を加える様な人間だ。まともに話が通じるとは思えないが、少しでも情報は集めておくべきだ。春樹は男との会話に専念する事にした。

「だからぁ、うるさい連中には出てってもらった。もう安全ですよ~っつったら、喜んで飛び出してったよ」

「……おい。それで、出て行った人達はどうなったんだよ?」

「全部見てたぜぇ? 化け物達のマンハンティング。あいつら下手糞だよなぁ。半分も捕まえられないでやんの。アタマ使ってきちんと追い詰めれば、もっと餌にありつけたのになぁ?」

「そんな調子で、自分以外の人間を締め出したのか?」

「いんや? 出したのは、男連中に年寄りやら子どもやら、主に『使えない』奴等だけさぁ。可愛い女の子はちゃんと残したよ?」

「……」

ここで、一体何がおこなわれていたのか。考えたくも無い想像に駆られていると、ドアの向こうから複数の足音が近付いてきた。


 「お、目ぇ覚めてんじゃん。良かったな、健人けんと? 人殺しにならなくて」

部屋に入ってきたのは2人の男達だった。声を掛けてきた方は、健人と呼ばれた男に比べ、やや体格が劣っている。中肉中背で髪型は健人ほどではないにしろ短髪。スポーツ刈りだ。

後ろについている男は金髪に鼻ピアスと、こちらは典型的なヤンキーだった。3人の中では最も体が小さく、筋肉もまともについていない。

舐められない様に、外見に拘って強く見せようとしているのか。

「うるせぇ。きちんと手加減したって言ったろ? それより、お前らまた『ヤッて』きたのかよ? 最近盛り過ぎじゃね?」

「あー……だって俺ら若いし? 青春溢れる良い傾向じゃん。けど、ここんとこあんま面白くねぇな」

「あ? 何かあったのかよ?」

「ああ。あいつら、もう駄目かもな。反応鈍いし、メシやっても全然食わねぇ。人形相手じゃ飽きちまうだろ? まあ、ひろしは今も頑張ってっけど」

「マジかよ。アイツ、穴があれば何でも良いのかもな。俺はアレは無理だな。そろそろ替え時かな?」

「そうそう。畳と女房は新しい方が良いってね。スカウトの調子はどうよ?」

その質問をきっかけに、3人の男達が春樹と真人に向き直る。

「いやぁ、これが中々。女が2人居る事は分かってんだが、彼氏が『住所』教えてくれないんだよなぁ」

健人が醜悪な笑みを浮かべつつこちらを見る。

真人は健気にも真っ向から睨み返していた。

「なあ。こう言っちゃなんだけど、俺らテクニックには自信あるぜ? きっと満足させてやれる。ここは、潔く身を引いてくんねぇかな」

あまりにも身勝手な言動に嫌悪感と共に怒りが湧いてくるが、努めて冷静に春樹は言葉を返す。

「あんたらがうちのを大切に扱ってくれるとは思えないけどな。とりあえず、彼女との馴れ初めを聞いても良いかい?」

「ぶははっ!ノリが良いね、兄ちゃん。国道を仲良く4人で散歩してたじゃん。その時に一目惚れしちゃってさぁ」

「そんなに遠くから見えてた? 一応、それなりに気を遣ってデートしてたつもりだったんだがな」

「双眼鏡くらい持ってるっつの。俺らだって、たまには屋上で見張りくらいするのさ」

得意げに語る健人。

「で、彼氏ぃ。彼女達、今ドコよ?」

「ああ、買い物に行ってるよ。女の子は色々と物入りだろ? 男だけ取り残されてヒマだったから、ここに遊びに来たんだ。あんたらも、大概ヒマみたいだな?」

言い終えた直後、側頭部に回し蹴りを叩き込まれた。座っていた場所から壁際まで吹っ飛ばされる。

飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止めつつ、蹴りを入れた張本人、健人を見据える。

「お前ら殺してから、ゆっくり探しても良いんだぜ? いいからさぁ、教えろよ」

「そうしてみるか? 外はもう暗い。見通しが利かない夜道は、感染者に気を付けなよ」

「……オーケー、夜は長い。女の前に、兄ちゃん達と遊ぼうか」


 分が悪い喧嘩だった。

元々、春樹は荒事が得意な訳では無い。学生時代は部活で剣道をやっていたものの、県大会ではせいぜい3回戦止まり。

この場には武器になりそうな物など見当たらないし、それ以前に、剣道を喧嘩に用いた事など1度も無い。そんな度胸は無かった。

出会い頭の不意打ちのせいで重傷も負っている。相棒の真人は、足が速いだけの平凡な中学生。

相手は3人。体格の優れた健人を筆頭に喧嘩慣れしている荒くれ共だ。

勝負らしい勝負にすらならなかった。

2人仲良くズタボロにされ、今は冷たい床に転がされている。

最初に拘束されなかったのは、健人達の自信の表れか、単に面倒なだけだったのか。

最も、今更それをしなくとも、春樹と真人はもはや満足に動く事すらままならない状態になっている。

「……喋る気になった?」

肩で息をしつつ、健人が春樹の胸倉を掴んで引き寄せる。

「年上には、もうちょっと丁寧な敬語を使えよ馬鹿野郎」

鼻っ面に拳が突き刺さる。ガンッと鈍い音に伴って鼻血が滴り落ちる。

痛みに耐えながら、真人の様子を窺う。どうやら気を失っている様だ。

コイツには悪い事をしてしまった。自分が気を失っていた時から暴行を加えられている事は明白だ。

せめて、少しでも長く奴等の注意を自分に引き付けて、真人を休ませねば。

情けない使命だなと自分自身に嘆息する。もう少し腕っ節を鍛えておくべきだったかも知れない。

そんな事を考える春樹に、尚も執拗に健人たちの暴力の嵐は降り注ぐ。


 どれほどの時間が経っただろうか。

暴力を振るうのにも、それなりの労力が要る。

殴り方がよほど上手でない限り、殴る方も少なからずダメージを受ける。

挑発に乗って感情に身を任せたまま、素手で殴り続けたのならば尚更だ。

もちろん、殴られる春樹の方がはるかに深刻な重傷を負う羽目になるのだが、一向に口を割らない人間を殴り続ける事に、健人は嫌気が差した様だ。

「少し休むか。なぁ兄ちゃん。そんなに彼女大事?」

パイプ椅子に腰を下ろし、袖で額の汗を拭いながら春樹に尋ねる。

「……そうだな。少なくとも、結婚したいくらいには思ってるよ」

息も絶え絶えに、春樹は一言だけを返す。

「自分が死んじまったら意味無えだろ? いい加減諦めろよ」

心底うんざりした様子で健人が吐き捨てる。他の2人もすっかり白けてしまったのか、先程から暴力による尋問はなりを潜めている。

「なあ、健人ぉ。今日はもうやめにしねえ? マジ疲れたよ。続きは明日にしようぜ?」

金髪鼻ピアスの男が提案する。見た目通り、一番体力の無いヤツだ。

「そうだな。2~3日もボコれば、コイツらも折れんだろ。焦るこたぁ無ぇわな。女の方から捜しに来るかも知れねぇし」

「それまでせいぜい殺さない様に気を付けろよ? 店長殺っちまった時だって、死体の片付け大変だったんだから」

スポーツ刈りの男の言葉に、健人はチッと舌打ちする。

「わかってるよ。とりあえずそこに転がしとけ。散々ボコッたから、逃げる様な真似は出来ねぇとは思うが、念のためっと……」

言いながら健人が取り出したのは、2つの手錠だった。

何度か活用した事があるのか、慣れた手つきで2人の手首を後ろ手に回し、手錠同士を絡めた上で拘束する。

こうされると、ドアを開けるどころか、立って歩く事すら難しい。

「……面白い物を持ってるな」

春樹が呟く。

「親切なお巡りさんがくれたんだよ。コッチもちゃんとあるぜ?」

見せびらかす様に、健人は拳銃を取り出した。日本の警察官が持っている、小さなリボルバー。

秩序を守るためにあるはずの武器が、暴漢の手に握られている。春樹からは、もはや溜息しか出てこなかった。


 おやすみ、と気持ちの悪い挨拶を残し、健人達が部屋を出て行った。

拘束されているのでかなり窮屈だったが、ようやく体を休める事が出来る。少しだけ安堵感に包まれる春樹。

「……春樹さん」

いつの間にか目を覚ましていたのか、真人が声を掛けてきた。

「おはよう。ごめんな、真人。俺の見通しが甘かった」

「すみません。おれが、ちゃんとしてれば……」

嗚咽を隠し切れない真人。今回の事で相当自分を責めているらしい。

だが、春樹は真人を咎める事はしなかった。寧ろ、自分の指示が彼を苦しめた結果を後悔していた。

「情けない声を出すなって。大丈夫、あと少しでこの状況を抜けられるから」

「……へ? どういう事っすか?」

「その時がくればわかる。ただ、最悪明日の昼過ぎまでは我慢してくれ」

「この状態から助かるって言うんですか? 無理ですよ。言っときますけど、花梨達を売るのは絶対ナシですからね?」

今の今まで泣いていたくせに、その声には確かな芯が通っていた。

「カッコいいじゃないか。男だな、お前も。確かに、その選択肢は最初ハナから無い。今は、俺を信じろとしか言えないな」

「……こんな時に茶化さないで下さいよ。まあ、良いや。おれ、もう寝ますからね」

沈黙が訪れる。ほどなくして、真人の寝息が聞こえ始めた。

今日は色々あったからな……

あちこち体が痛みを訴えるものの、眠気は春樹にも訪れる。とりあえず、朝までゆっくり休もう。

かなり危険だが、勝算はある。明日の昼には、24時間が経過するからな・・・・・・・

その思考を最後に、春樹は意識を手放した。

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