第14話 生存者との遭遇①
「ショッピングモールに行ってみませんか?」
もはや朝日とも呼べないほど高い位置に来た太陽を見上げつつ、真人が提案した。
一番最後に起きてきた真人。花梨も夜明けまでたっぷりと睡眠を取り、2人とも昨日より随分元気になった。
徹夜明けの春樹と沙羅は逆に疲労の色が見え隠れしていたが。
どうやら、真人と花梨は最終的にそこを目指していたらしい。
「だって、その手の映画では、そこが定番の立て篭もり場所でしょ?」
花梨も乗り気だ。
「……うーん。でも、どの映画でも大体そこで破滅してないか?」
1人だけ冷めた態度の春樹。
「いや、そこは教訓を生かしてですね……」
「着替えとか、食べ物とか。とりあえず欲しいものはいっぱいあるし、行くだけ行ってみようよ。野宿はもう嫌だよ?」
真人が言い終わる前に沙羅も賛成に回った事で、行き先が決定してしまった。
この街のショッピングモールは1つだけ。それは、片側2車線の広い幹線道路を北上した先にある。
島の中でも北の田舎に位置するこの街では、映画の様に大した渋滞や事故は起きなかったらしく、広い国道は障害物になる様な車も無く、閑散としている。
すっかり寂れてしまった風景だが、4人にとっては好都合と言えた。
余計な遮蔽物が無いため、ふらふらと歩いている感染者を容易に見付けられるのだ。
元々著しく敏捷性に欠ける感染者達。
街外れに現れる彼らは、数も少ない。囲まれる懸念も少なければ、捕まる心配も薄い。今は大した脅威では無い。
無人かつ無音の国道を4人で歩く。
周囲を警戒しながらの道のりなので、誰も無駄口を叩く者がいない。
人が居なくなるだけで、街とはここまで静になるものなのか。
耳鳴りがしそうなほどの静寂の中、誰もが緊張を帯びた表情で粛々と行軍を続けていた。
そうして1時間近く歩いた頃だっただろうか。目的の建物が見えてきた。
街の郊外にあるショッピングモールは、周りに民家も無い開けた場所に最近になって建設された。
県外の大手デパートチェーンが進出してきたのだ。
こういった大型の店舗は多くの場合、店舗スペースの他に立体駐車場も同じ建物内に併設されている事が多い。
そのため、遠くからでも目立つほど高くそびえ立っているものだが、この街のそれはどう見積もっても3階ほどの高さしかない。
事実、2階建ての店舗の屋上に駐車場があるだけなのだ。
おかげで、随分近くに来るまでその姿を確認できなかった。
この辺りの土地は、赤土を含んだゆるい地盤のため、高い建築物を建てる際には基礎工事に相当手間がかかるらしい。
進出計画の当初、この問題に直面した会社は、工事費用の上乗せより、予定の倍の土地を確保する事で広大な敷地面積を誇るデパートとして運用する事を選んだ。
地価の安い田舎だからこそ実現できたやり方だと、花梨がかいつまんでモールの成り立ちを説明する。
春樹と沙羅の2人は感心しながらそれを聞いていた。
この島には電車が無い。街の郊外ではバスも1時間に1~2本ほどしか通らないため、車を持っていない2人はこのモールに来るのは初めてだった。
買い物に利用するには極めて不便だったのだ。
真新しいその建物は、新鮮味をより強調して一行を迎えるのだった。
「じゃあ、あそこで食事にしよう」
ショッピングモールの目と鼻の先にまで来た時、近くのファストフード店を指差して春樹が言う。
「え? 中に入らないんですか?」
真人の言葉にああ、と短く答えつつ、春樹はファストフード店の中を確認する。
店内は無人で、自動ドアですらない入り口は、施錠もされていなかった。
「食事を摂りつつ、これからの作戦を考えるぞ」
ガラス張りの店の中で栄養食ビスケットをかじりつつ、ショッピングモールの様子を観察する。
流石デパート、といったところか。元々人通りが多かったためか、周囲にはそれなりに多くの感染者が見受けられ、入り口付近は賑やかだ。
普段、デパートといえば、千客万来に歓喜する様に忙しなく自動ドアが開閉を繰り返すものだが、ここは違う。
正面の入り口には、全てシャッターが下りているのだ。
電動でしか動かない様な重厚なそれは、感染者達の攻撃を一切受け付けない。
彼らは手を血だらけにしながらも果敢に侵入を試みているが、シャッターの堅固な防御が揺らぐ気配は微塵も感じられない。
「中に生存者が居るな、間違いなく」
「そうね。感染者が店内に入ろうとしてるってのは、そういう事だよね。どうする、ハルキ?」
「なんとか合図して、中に入れてもらいましょうよ」
「……ダメだ。それはまだ早い」
「春兄、警戒してるの?」
「ああ。中に居るのが善い人間だとは限らないからな」
「……そっか。でも、このまま帰る訳にはいかないよね?」
「もちろん。だから、裏の搬入口から入ってみようと思う。中に居るのがどんな人なのか確かめてくる」
「確かめてくるって、春兄1人で?」
「いや、真人と2人で」
「……は?」
皆で行くんじゃないの? と、春樹に向き直る真人。それを見た春樹はやれやれ、と肩をすくめる。
「中の人間がぶっ壊れたヤツだった場合、女の子が一番危ないんだよ。どんな目に遭うかわかったもんじゃない」
こんなご時勢だしね、と付け加えると、皆納得した様だった。
「だから、男だけで偵察に行ってくる。大丈夫そうだったら迎えに来るから、サラと花梨はここで待ってて欲しい。戸締りは忘れずにな?」
「……いつまで待てば良いの? 探索にあてる時間を決めてから行って」
真剣な表情で沙羅が言う。静かに発せられる重圧に、真人が思わず後ずさる。
「そうだな。……とりあえず24時間。中の人間と接触しても、しばらく君らの事は伏せておくつもりなんだ。中に男しか居なかったら、何かしら理由をつけて戻ってくる。女性とか子どもも居て、安全だと判断出来れば中に迎え入れるよ。そこらへんの交渉時間も込みで、1日は様子を見て欲しいかな」
「……わかった。それ以上は待たないよ? 帰ってこなかったら、こっちから迎えに行く」
「……うん。なるべく穏便に済む様に努力するから」
「それはどうでも良いよ。万が一があったら許さない」
「は、春樹さん。なんか、沙羅さん怖くないっすか?」
「羨ましいか? コレがいわゆるヤンデレというヤツ……ぐっ」
「いいから、早く行って来い! お土産は別にいいからね!」
鳩尾に強烈な拳を叩き込みつつ、顔を背ける沙羅。蔵田春樹の苦悶はしばらく続いた。
ようやく呼吸が出来る程度にダメージが抜けた頃、作戦会議も再開される。
「それから、真人。俺達2人の間でもルールを決めておこう」
「ルールっすか?」
「ああ。まず、2人同時には動かない。必ず俺が先に行動して、安全を確認次第合図を送るから、その後にお前が続く。モールに入る時も、中の人間に接触する時もな」
「了解っす。じゃあ、ハンドシグナルも決めておきましょうね」
「ああ。それと2つめ。俺に何かあったら、何も考えず真っ直ぐ帰れ。異変を感じたら即その場を離れるんだ。その時の俺の状態は確認しなくて良い」
「え? いや、それはちょっと……」
「大切な事なんだよ。その後はサラの指示に従ってくれ。そういう時は俺より彼女の方が頼りになるから」
「……お願いね?」
「は、はい。わかりました」
いつになく真剣な面持ちの沙羅に念を押され、目を逸らす事も出来ない真人にはそう答えるのが精一杯だった。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
努めて明るく宣言する春樹。歩き出す彼に、真人も続く。
荷物の類は持って行かない事にした。動きを妨げるだろうし、強奪される可能性もある。
感染者に見つからない様注意しながら、モールの裏へ回る。
幸い、感染者達の関心は正面入り口に集中しているので、裏手には誰も居なかった。
真人を柱の陰に残し、従業員専用の小さな入り口に春樹は慎重に近付いていく。
ノックをしても反応が無い。ドアノブに手を掛けると、意外にも鍵が掛かっていなかった。
「すいません、お邪魔しま~す……」
声を掛けつつ、モール内に足を踏み入れる。薄暗いその中はデパート店内の雰囲気とはかけ離れている。
商品の在庫らしいダンボールが通路で所狭しと山を作っており、天井は鉄筋がむき出しで、壁にはあちこちに伝票らしきものが貼られている。
いかにも裏方と言える様な乱雑さを漂わせていた。
辺りを見回してみるが、特に動くものも見当たらないので、外で待機している真人にサインを送る。
『安全確認完了。ここまで来い』
それを確認した真人が柱から素早く移動し、入り口から中に入る。その時だった。
ガツン、と形容し難い衝撃が後頭部を襲い、春樹の視界が暗転する。続いてドサリ、と体全体に衝撃が走った。どうやら、地面に倒れてしまったらしい。
「春樹さん!?」
真人が悲痛な叫び声をあげたが、既に彼にはそれすら聞こえていなかった。
やってきました、ショッピングモール。
やはりゾンビモノでは、ここに来ないと始まらないと思っているのは私だけでしょうか?




