表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/44

第13話 子守唄

 上門真人うえじょうまさとは、この島が嫌いだった。

『青い空、青い海』と美辞麗句を述べる観光客に、真っ向から反論してやりたい。それ以外に何があるのか、と。


 真人の両親は、この島の伝統芸能の保存・継承を生業にしている。

朝から晩まで三味線さんしんをかき鳴らし、組踊くみおどりやらエイサーやらを歌っては踊っていた。

もちろん、その1人息子として生まれた真人も、跡継ぎとなるべく幼い頃から様々な郷土文化を両親から叩き込まれてきた。

兄弟が居ない事も災いした。何しろ、期待や干渉を一身に受ける羽目になったのだから。

この島の歌や踊りが嫌いだった訳では無い。他の子達より習い事が多くて、思うように遊べないのがちょっとだけ不満だった。

花梨かりんとの付き合いは長い。上門うえじょう家と知花ちばな家は古くからつながりがあった。

両家を含む文化継承の会合がある度に顔を合わせる2人。仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。

花梨の家は歴史が深く、この島が独立国家であった時代から続くユタの一族であるらしい。

本人曰く、代々続く占い師のお家だそうだ。

「じゃあさ、何か不思議な力とかあるの?」

無邪気な好奇心に任せて聞いてみた事があるが、

「ウチ、才能が無いみたい」

という答えが返ってきた。どことなく哀しい笑顔が印象に残っている。それ以来、ユタの事は話題にしていない。何となく憚られた。

無論、その程度で2人が疎遠になる事などなく、今に至るまでずっと関係は良好と言える。

何でも本音で言い合える、兄妹のような関係。

男女として互いを意識した事は無いが、2人は今の距離感を気に入っていた。


 いつかこの小さな島を飛び出し、外で何か大きな活躍をしてやりたい。

全く具体性を持たないあやふやな夢だったが、胸に抱き続けてもうすぐ1年になる。

物心がつくまでは、この島の子ども達の1人である自身に、違和感など感じた事も無かった。

島の外からやって来て、あっという間に周りに溶け込んで見せた春樹と沙羅を目の当たりにするまでは。


 初めは、物好きなナイチャーが移住してきただけだと思っていた。

自然やら田舎やらに憧れてやって来たは良いが、その後不便な実情に直面し、結局都会に戻って行く。

そうした輩を何度か見てきた真人は、当初2人にあまり良い感情を持っていなかった。

どうせこの2人も、そう遠くない内に飽きてこの島を出て行くに違いない。


 しかし、そんな真人の予想に反して、2人はこの島での生活の基盤を着々と固めていく。

そもそも、賃貸のアパートではなく1軒家の物件を購入してきたという経緯から考えると、中途半端な思い付きでは無い事が窺えた。

離れの倉庫を改装し、小さいながらも飲食店を経営するその行動力は、感嘆に値するものだった。


 出来たばかりのその店に、真人は花梨を伴って行ってみた。

愛想の良い店員と、手際の良い店員。2人は一度行っただけでこの店を気に入ってしまった。

店員2人も中学生2人の事を気に入り、色々話をするようになった。

2人が住んでいた遠い本土の話。

冬には雪が降る事。朝晩の電車は乗車率が凄い事。新幹線に乗れば、どこまでも遠くへ行ける事……

聞けば聞くほど、真人の外への憧れは強くなっていく。


 気が付けば、真人は外へ出る理由と機会を探す様になっていた。

勉強があまり好きではなかった彼は、陸上に夢の成就を見出す事にした。

小さな頃から足が速かった真人。部活に必死に打ち込む内に、いつしか中学記録を保持するまでになっていた。

高校は陸上競技に力を入れる学校を選び、ゆくゆくは実業団を経て外の世界へ。

少しずつ、小さな島を飛び出す夢の準備が整っていく。

世界がおかしくなってしまったのは、そんな頃だった。


 パンデミック初期、学生である真人と花梨は学校で授業を受けていた。

体育館への避難を呼び掛ける放送がきっかけだった。

何が起こったのかもわからないまま、訓練通りに体育館に集まる生徒達。

テレビやラジオで淡々と伝えられる暴動のニュース。避難勧告。

事態の深刻さ・緊急性を教えてくれたのは、学校の校長だった。

体調が優れなかったのか。マイクを渡され、舞台に上るよう促されても彼は蒼白な顔で項垂れていた。

教師の1人が肩を貸し、保健室へと歩き出した時。

校長は、その教師を 食べ始めた(・・・・・)

突然の事態に、恐慌状態に陥った全校生徒に職員達。


多大な犠牲を払いつつ、学校内における秩序の回復には成功するが、既に世界はまともではなかった。

準備も体制も整ってないまま開始された避難所生活。学校の外から続々とやってくる避難民、感染者。

食料も寝具も医療品も。何もかもが、全然足りなかった。

勇気のある大人達が、物資の確保の為にグループを作って外に出て行った。

近くにある大型のスーパーに、使える物を取りに行くらしい。


外に行く度に、探索隊は数を減らしていった。反比例する様に、こちらに害を及ぼす感染者の数は増えていく。

学校内の見張りの確保にも事欠くほどに犠牲が拡大した頃、誰も外には行かなくなった。

最初は賑やかだったテレビやラジオも、時の経過と共に大人しくなり、最後には何も言わなくなった。

次第に避難民の探索・受け入れにも消極的になっていき、生存者同士での諍いも目立ち始める。

物資が足りない、救助の目処も立たない。

焦燥感が学校内を支配し始めた頃。真人・花梨の両親を含む最後の避難民の集団が学校にやってきた。


 20人ほどのその集団は、疲弊し切っていた。

薄汚れた格好、痩せこけた頬。満足に食べていない事くらい誰の目にも明らかだった。

既に食料は底が尽きかけていたが、彼らに食事を与える事に反対する者は誰もいなかった。

避難民達は互いの無事を喜び、苦労を労い、励まし合う。救助が来るまで、助け合って乗り切ろう、と。

2人も家族との再会を果たし、全てはこれから、の筈だった。


 花梨は呆然とした表情で一部始終を見守っていた。父が、母を喰らう様子を。

朝、喧騒に包まれる体育館の中で目を覚ますと、そこは混沌の渦の中だった。

真人には、何が起こっているのか理解出来ない。

感染者は、全て排除してある。学校内には、感染を免れた生存者しか居ない。故に、ここは安全。

皆が、そう思っていた。

しかし、体育館内で今、感染者による襲撃がおこなわれている。

犠牲者の一部は、既に起き上がり次なる犠牲者に喰らい付いている。

出入り口付近は逃げ惑う人々が大渋滞を起こしており、館内のあちこちで悲鳴があがっている。

「真人!」

呆気に取られる真人の腕を、父が引く。

「……父さん」

「……父さん達とここへ逃げて来た人の誰かが、発症したみたいだ。ここは危険だから、花梨と一緒に外へ逃げなさい」

「だったら、皆一緒に!」

「……ごめんな。一緒には、行けない」

袖をまくる父。そこには、痛々しい噛み傷があった。

青ざめる真人。母の方を見ると、少しだけ哀しく笑った後、首を横に振るのであった。

「……そんな!せっかく皆、助かったのに!」

「いいか、真人。感染した連中は音に反応してやって来る。逃げる時は、なるべく静かに移動するんだ。悲鳴をあげてはいけない。走っては来ないから、落ち着いて距離を取れ」

動揺する真人に、簡潔に注意事項を述べていく。母に手を引かれて、花梨も側に連れられて来た。

「父さんと母さんがあいつ等を引き付けるから、道が空いたらそこの非常口から外に行きなさい」

「父さん!」

尚も縋り付こうとする真人。その顔に母の平手が飛んできた。

「しっかりしなさい!花梨はまだ無事だよ?あんたが守らないでどうするの!」

花梨は、先程からさめざめと泣いていた。

父の忠告に従うべく、必死に嗚咽を押し殺している。

「……わかった」

搾り出す様に、一言だけ口にする。

「それで良い。真人、元気でな」

父が体育館の舞台に上がる。こんな時にまで持ち歩いていたのか、父の手には三味線が握られていた。

父に手を引かれ、母も舞台の上へ。その手には拡声器。

母が上がると、父は舞台への階段を外して下に打ち捨てる。舞台の中央へ歩み寄り、振り返る。

「隅の方に離れていなさい。これから少し、騒がしくするからな」


 聞きなれた父の三味線。聞きなれた母の歌声。

もう何度、教わっただろう。この島の、民謡だった。

誰が歌い出したかわからない。誰が奏で出したかもわからない。

いつの間にか、この島の皆が知っている。そんな曲だった。


てぃんさぐぬ花  作詞・作曲不詳


てぃんさぐぬ花や    

  爪先ちみさちみてぃ  

  うやぬゆしぐとぅや 

  ちむみり

ホウセンカの花は

  爪先に染めて魔除けとしなさい

  親の言う事は

  心に染めて戒めとしなさい


てぃん群星むりぶし

  みばまりゆい

  うやぬゆしぐとぅ

  みやならん

夜空に浮かぶ星は

  数えようと思えば数え切れる

  親が子に掛ける言葉は

  数えたくても数え切れない


ゆるらすふに

  方星ふぁぶし見当みあてぃ

  ちぇるうや

  んどぅ見当みあてぃ 

夜、海を行く船は

  北極星を指針にしなさい

  子は親の言う事を

  指針にしなさい


 父が奏で、母が歌う。

それは、民謡でありながら『子守唄』であった。

子を守り、生かすための歌。父母は真人の無事を願い、歌う。

それは、民謡でありながら『教訓歌』であった。

子を導き、諭すための歌。父母は真人の行く末を案じ、歌う。


 やがて、感染者達の動きが止まる。音のする方へ向き直り、ゆっくりと移動を開始する。

舞台の段差に阻まれ、前進を制限されつつも、両親の下へ殺到する。

真人と花梨は、そんな中両親の姿をじっと見ていた。

頬を伝う涙が止まらない。否、止めようとも思わない。

親の最期の舞台を、真人は食い入る様に見ていた。目蓋の裏に焼き付けるために。


 体育館内のほぼ全ての感染者が舞台に集結した頃、父が目で合図を送ってきた。

それに頷き、花梨の手を引いて非常口へと歩き出す真人。

「頑張れよ」

その背中に、父からの激励の言葉が投げ掛けられた。真人はもう振り返らなかった。


 体育館の外も、多くの感染者でごった返していた。

父に言われた通り、なるべく静かに、慎重に彼らを避けて移動する。

何人かが気付いて追って来たが、歩みは遅いので囲まれない限り脅威にはならない。

学校は随分前から感染者に包囲されていたので、裏の通用門を目指す。

普段から目立たないあそこは、包囲の手が一番手薄になっているからだ。


 感染者のあまりの多さに四苦八苦しながらも、どうにか脱出に成功した2人。

「……これから、どうする?」

真人の問い掛けに、花梨が答える。

「春兄達の所へ行こう?あの2人だったら、きっと今も生きてる」

「そうだな」

真人にも異論は無い。

手を繋ぎ、2人は歩き出す。『パーラーはるら』へ。

「てぃんさぐぬ花」

私の故郷に古くからある民謡で、一番好きな曲でもあります。

興味のある方は是非聴いてみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ