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第12話 避難所の条件

 夜がやって来る。音も無く忍び寄る宵闇は確実に己が領域を拡大し、自然の王たる太陽は西の隅へと追いやられていく。

インフラが崩壊したこの世界において、夜は真の闇を意味する。

夜道を照らす街灯も、家々から漏れ出る団欒の灯りも、失われて久しい。

産業革命から百数十年。文明の栄華に酔いしれた現代人には、この景観はあまりにも寂し過ぎる。

太陽の残滓にすがりつく様に、西へ西へと移動を続ける4人組の姿があった。


 篭城の継続が困難になり、一行が拠点を脱出してから、1時間ほどが経過していた。

生きた人間に全く出会わなかった訳では無い。

公民館や保育園、ごく平凡な一戸建て住宅に至るまで。

パンデミック初期の混乱を生き残り、逞しく抗い続ける人々はちらほらと見受けられた。

外を歩く4人に声を掛け、手を差し伸べようとするコミュニティも多かった。

かの大震災の折にも見られた光景。

自分も苦しいのに、人を慮るその姿勢は、この国が他へ誇れる文化の1つに数えても良いのかも知れない。

そんな暖かい申し出もある中、4人が未だに危険を孕む屋外を彷徨い続けているのには訳がある。

「ダメだ。感染者が居る」

切って捨てる様にぽつりと呟いた、先頭を歩くこの男のせいだ。


 新たに加わった2人に、春樹は能力の事を打ち明けていない。

上手く説明できる自信が無かったし、そんな時間も無かった。

だが、彼には見えている。頭上に妖しく光る『白球』を載せる人が。

生命の危機に連動するかの様に、『点滅』を繰り返す者のみで構成されたコミュニティが。

この中で一晩を過ごすのは危険だ。現に、いずれの避難所でも、中に足を踏み入れた途端、真人や花梨の『球』が点滅しだすのを目の当たりにしていた。

外を歩く際、2人の『球』は赤。

少なくとも、外の方がここよりはマシという事だった。

ここでも春樹は、予め用意しておいた言葉を一字一句も変化させず口にする。

「すみません。家族を探しているんです」


 何度目かの申し出を断り、再び薄暗くなった外へと踏み出す春樹に、堪え切れなくなったのか真人が不満を吐露する。

「春樹さん、慎重になるのはわかるけど、一晩くらい我慢しましょうよ。おれらもう限界っす!」

「ダメだ。あそこは近い内にひどい事になる。もしかしたら、一晩もたないかもしれない」

「なんでそんな事がわかるんですか!噛み傷も無いのに感染してるとか、訳分かんねぇよ!」

「それは……」

何かを言いかけるが、その先が続かず言葉に詰まる春樹。

助け舟は意外な所から現れた。

「あのおじさんだけど。明らかに体調が悪そうだったよね?おかしくなる前の、ウチの父さんと同じじゃなかった?」

花梨だった。

「……え?」

「他でもそう。どこの避難所でも、怪我人が居たり、余裕を無くしてヤバイ雰囲気な人が居たり。春兄、ありがとね」

「え?あ、ああ」

助けられた春樹本人でさえ、的を射た花梨の言葉に上手く答えられない。

沙羅が、花梨の頭を抱きかかえ、髪を撫でる。

ショートボブの艶のある髪は、触り心地も良さそうだ。

花梨も満更では無い様子で、猫の様に目を細め、くすぐったそうに身をよじる。

手櫛で髪を梳かす沙羅は、含みのある笑顔を浮かべていた。よくできました、と言わんばかりに。

「……春樹さん、すみませんでした」

「いいや。こっちこそごめんな真人。あと少し、我慢してな?」

「うっす」

軽く拳を突き合わせる男2人。口論になりかけた諍いは、それでひとまず収束した。


 夜の帳が空の支配を完全に終えた頃、一行は開けた場所に出た。

「競技場か……」

春樹と沙羅は初めて訪れたのだが、他の2人は違う様だった。

「うわぁ、懐かしいな。陸上の地区大会で来て以来じゃね?」

「ホントだ。でもさ、懐かしいは変じゃない?まだ2ヶ月も経ってないよ?」

「……懐かしいで合ってるよ。今は、変わり過ぎてる」

「2人はさ、選手として出たの?」

暗くなりかけた場の空気に、絶妙なタイミングで沙羅がパスを出す。

「あ、ウチは応援でしたけど、真人は凄かったんですよ?」

「こう見えて、3000メートル1位です。この辺りに、おれより速い中学生はいないっすよ!」

「良し。何かあったら囮役頼むな?大丈夫、尊い犠牲、絶対無駄にはしないよ!」

「やめて!一緒一緒。どこ行くのも皆一緒ですよ?」

久しぶりに、笑いが起こった。人が人らしく生きていく中で、笑いは不可欠だ。

過酷な現状の打破に直結しなくとも、向き合うだけの活力が得られる。

少しだけ無理を含むやり取りだったが、しばし4人は弛緩した雰囲気を噛みしめるのであった。


 皆の緊張がほぐれた後、春樹が切り出す。

「今晩の宿、ここにしないか?」

「え?でも、ここの事務所、鍵がかかってて入れないですよ?」

「いや、トラックの真ん中に陣取る。ちょうど芝生の生えてるあの辺りだな。見張りを交代しながら睡眠を取ろう」

「……確かにあそこなら、遠くまで周りを見通せるから、何かあってもすぐに対処出来るね」

野宿はちょっと嫌だけど、と付け加えつつも、沙羅が賛成票を投じる。

中学生の2人は……

「キャンプみたいだね。面白そうかも」

「カレーが出れば、最高なんだけどなぁ」

異論は無い様だった。


 宿泊場所が決まれば、次は食事だ。

真人のご希望のカレーは残念ながら出てこない。

完全栄養食を謳うビスケットと、ビタミンゼリー飲料、最後にサプリメントを口に放り込みミネラルウォーターで流し込む。

実に味気無いものだ。それでも、雑談と談笑が飛び交う食卓は終始和やかな雰囲気だった。


 食事も一段落した頃、時刻は夜の8時を少し回っていた。

普段なら寝るには早過ぎる時刻だが、灯りひとつ無い競技場は、まるで丑三つ時の様な静寂に包まれている。

先程から、中学生2人が舟を漕いでいる。色々あって疲れていたのだろう。何より、彼らはまだ子どもだ。

沙羅がいち早くその様子に気付き、荷物から簡易圧縮毛布を取り出していた。

いかに南の島とはいえ、12月ともなるとそれなりに冷たい風も吹く。

備えも無しに屋外で眠ってしまうと風邪を引きかねない。

春樹はというと、同じくリュックをごそごそと漁っている。

「はいコレ。寝る前にしっかりとな」

「ウエットティッシュ?」

きょとんとした顔で尋ねる花梨。

「コレで顔を拭くんだよ。テカテカしたままで寝ると、皮脂が酸化してニキビができるからな」

「……は、はぁ」

真人も意表を突かれた様だ。

「サラはこっち」

「……メイク落とし」

「外出するからってお化粧するのも良いけど、しっかり落とさないと肌にダメージが残るぞ」

「……ば、バレてるし……!」

「何年一緒に居ると思ってんだよ?意外にズボラなのも、しっかりわかってるからな?」

「~~~っ!」

痛い所を突かれたのか、照れ隠しなのか。声にもならぬ抗議の声をあげる沙羅。

「……ふはっ!」

吹き出した真人に、花梨も続く。今日一番の笑い声が、盛大に響く。

「な、何だよお前ら……!」

慌てて人差し指を口にあて静かにするよう促しつつ、当の春樹も戸惑っていた。何故そんなに笑われているのか。

「いや、春兄ってけっこう細かいのね」

「でしょ!?ちまちまちまちま、そのくせデリカシーが全く無いっ!!」

「あはは。もしかして、記念日とかいちいち覚えてるタイプ?」

憤慨する沙羅に、花梨が質問を投げかける。ぎくりとする春樹。

「そうだね。おかげで、『今日が何の日か忘れたの?』っていうセリフは言った事が無い」

「むしろ、俺が言ってるけどな」

「ほら!こういうところがダメなのっ!」

何度目かの拳をその身に受け、思わず仰け反る春樹。相変わらず鋭い。女の子の打撃とは思えない。


「寝ちゃった?」

優しい微笑を浮かべる沙羅に、春樹は短く、ああ、と答えた。

その視線の先には、それぞれが持ち寄った鞄を枕に、星空の下で規則正しい寝息をたてる真人と花梨。

「……全く。野宿だってのに、無防備に熟睡しちゃって」

交代で見張りを、とは言ったものの、春樹達には交代する気など更々無かった。

そう。中学生の2人には、このまま朝までたっぷりと睡眠を取ってもらうつもりだ。

「きっと、凄く疲れてたんだと思う。無理もないわ」

慈しむ様に2人の髪を撫でる沙羅に、春樹もその通りだと思う。

避難所の内部から感染者が発生し、コミュニティが崩壊したのだ。その恐怖たるや、想像に難くない。

「でもね?ハルキ」

「ん?」

「2人にとってハルキの側に居る事は、熟睡しちゃうくらい安心出来るって事なんだよ?」

「……え?だけど、ここは建物の中でさえないんだぜ?避難所の中の方が確実に安全は保証されてる」

「ううん。安全の保証って、実はそれほど重要なものでは無いの。心の安らぎの方が、よっぽど大切」

「……そんなもんかなぁ?」

「うん、そんなもん。だってわたしもそうだから。心が安らぐって書いて、安心」

言いながら、沙羅はこつん、と頭を春樹の肩に預ける。

「確実な安全が欲しいなら、シェルターにでも篭ってれば良い。でも、それだと心が冷たいまま」

夜空に浮かぶ冬の大三角を指でなぞりながら、沙羅は続ける。

「温もりが欲しいのよ。心の奥底にじ~んってくるような、守られてるカンジ」

「それって、病院でも言ってたアレ?」

「……よくできました。正解です、ハルキ君」

全部自分で言っておいて正解も不正解も無いと思うが……口には出さないでおいた。

その方が色々丸く納まる。大人の事情だ。春樹は自身にそう言い聞かせた。

「守ってあげなきゃね?」

「ああ、そうだな。せめて、ご両親のもとに無事送り届けよう」


 今までは、自分達2人が生き延びればそれで良かった。

しかし、今は守るべき存在がある。

傍らで幸せそうに眠る子ども達を見て、春樹と沙羅は決意を新たにするのであった。


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