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第11話 短期陥落

 新入り2人が入浴を済ませ、4人そろって食事を終えた後、現状に向き合う事になった。

隠れ家が発見され、多数の感染者に包囲されている。

頑丈な造りの玄関の鉄扉だが、並外れた膂力をもって攻撃され、今も悲鳴のような轟音をあげ続けている。

今のところ、扉が破られる気配は無いのだが、いつまでもここが安全だとはとても思えない。


 わずかな期待を込めて、春樹が切り出す。

「このまま耐えれば、諦めてどこかに行ってしまう可能性は?」

「それは有り得ませんね。一度生きている人間を見かけた以上、中を確認するまで、あいつらは絶対諦めません」

即座に真人が否定する。

「微妙に知性が残っているみたいなんですよ。自分達の気の済むまで一通り確認したら、その内どこかに行くと思います。まあ、感染者の知恵には個人差があって、ドアノブをひねる事も出来ない馬鹿もいれば、隠れるところを見られればベッドの下まで覗き込むようなイヤらしいのもいます。」

花梨がそれに続く。

「ちょっと物陰に隠れた程度では安心出来ないって事か。いや待て、じゃあこの家も危ないのか?玄関だけが侵入経路じゃないんだが」

言いながら春樹が青ざめる。

「ううん。そこまで賢いワケじゃないみたいだよ。病院でもそうだったけど、あくまで直線的にしか追いかけられない。直接窓越しに目を合わさない限りは、カーテンの閉まっている窓を乗り越えて入って来ようとはしないと思う。玄関だけに拘ってるのがその証拠。今のところはまだ大丈夫」

冷静な沙羅が続ける。

それでも、安全と思われた拠点が、感染者の攻撃対象に入ってしまった事は確かだった。

春樹は思わず頭を抱える。2人を受け入れたばかりに……という呟きは、どうにか喉の奥に押し込めた。

自分達の行動に、方針との矛盾がある事は自覚しているが、少なくとも後悔はしていなかった。

「探す、という行動が出来るんだったら、地下室も危険かもね。もし、1つしかない入り口を発見されたら終わりだもの。逃げ場が無くなる」

地下への入り口は、台所にある。フタを開けて留金を外す事で、収納された階段がフロアまで一気に降りていく。

階段と言っても、梯子に近い急角度のものなので、かなり窮屈だ。物資を運び込むのは相当な手間だった。

一見わかりにくい入り口だし、生きている人間に比べ著しく知能の低下した感染者が探し当てるような可能性はゼロに近いと言える。

しかし、地下に逃げ込むところを見られたら……

沙羅の言う通り、万が一押し入られた場合、こちらの命運は尽きる事になる。


 意を決して、春樹が宣言する。

「必要最低限の物を持ち出して、ここを出よう」

それに異を唱える者などいるはずもなく、速やかに準備が整えられていく。

予め用意していた防災リュックの中身を確認する。

携帯食糧・水・カセットコンロ・ガスボンベ・ライト……

2人増えたため、持って行く物資も当然増やすべきだろう。

幸い2人とも、それほど大きくはないが鞄を持っていたため、食糧や水を入るだけ放り込む。


 全ての準備が整った頃、花梨が異変に気付いた。

「……静かになった」

先程まで4人を悩ませていた玄関からの騒音が、ピタリと止んでいた。

「もしかして、諦めた?」

そう呟きつつ、真人が近くの窓に移動し、カーテンの端を指でつまみ、隙間から外を覗き見る。

「わあっ!!」

そこで、彼は思わず飛び退いてしまう。

感染者の1人が、窓に張り付くようにしてすぐ外に居たのだった。

真人の存在に気付いた感染者は、防犯用に取り付けられた格子をそれほど苦にする様子も無く、力任せに剥がしてしまった。

他の感染者も、つられるように窓へと殺到する。

玄関の鉄扉と違い、窓ガラスは脆い。そう時間も掛からずに、屋内に彼らはなだれこんでくるだろう。

残された猶予は少ない。


 こういう時、素早く行動を開始するのは春樹ではなく沙羅だ。

いち早く歩き出し、裏の勝手口を目指す。慌てて3人も彼女を追いかける。

沙羅は、淀みない動作でドアを開け放ち、ろくに周囲の確認もせずに外へ飛び出した。

「サラ!」

幸い、裏の方へ回り込んだ感染者の数はまばらで、こちらから若干距離は離れていたが、春樹にはあまりにも軽率な行動に思えた。

叱責するかの様に短く叫ぶ春樹。だが、彼女は意に介さない。

「連中の動きはあまり速くないから大丈夫。それより、囲まれる前に行きましょう」

ここで言い争っても何も良い事はない。

結局、沙羅の後を追う他に出来る行動は無かった。

外は、少し薄暗くなってきていた。


 沙羅の言う通り、感染者達の動きは緩慢だった。

走ったり飛び掛ったりという身軽な真似はせず、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来るだけだ。

こちらが足早に屋敷から遠ざかると、振り切るのにそう時間は掛からなかった。

「家を囲ってる連中が、そんなに多くなくて助かりましたね」

真人がようやく一息つけるといった様子で呟いた。

その一言で、春樹の足が止まる。辺りを見回すが、感染者の存在はまばらだ。

目に付く範囲に数人が点在するだけだ。

「ああ。けど、君らが来た当初より、大分数が減っていたような気がする。他の連中は何処に行ったんだ?」

本格的に感染が広まってから約1ヶ月。感染者は相当な数に上っているはずだ。

いくら人口が首都圏に比べて圧倒的に少ないとはいえ、この辺りの人気の少なさは異常に思える。

春樹の問いには、花梨が答えた。

「多分……学校です。あそこには、相当な人数が立て篭もってましたから」


 真人と花梨が避難していた学校。そこには、付近の住民の生き残りが集まっていた。

数えていないので正確なものではないが、1000人近くの人間がそこに居たのだという。


 学校に備蓄されていた食糧や物資はそう多くはなかったが、学校からそれほど離れていない場所に大型のスーパーがあり、人手さえあれば、当面の生活に困らないだけの食べ物は確保出来た。

物資は体育館に運び込まれ、多くの人間はそこに寝泊りしていた。

それだけの人数が生活していたのだ。当然、人間の気配を隠せる筈もなく、当初から学校は多くの感染者達に包囲されていた。


 そんな中でも、感染者の群れをかいくぐるかの様に学校に辿り着く避難民の数は増え続け、それを追ってさらに感染者が集まる。

いつの間にか、この街のほとんどの人間と感染者が学校に集中していたのである。


 校門を閉め切り、数時間おきに大人達が周囲を常に見回るという、厳重な警戒のもとであったが、しばらくは何事も無く平穏な日々が続いた。

しかし、今日になって状況が激変する。数日前にやって来た避難民の一部が、発症したのだった。

『噛まれた』と言えば、中に入れてもらえない。

そう思って感染者との接触を隠していた人間が、相当数紛れ込んでいた。

外からの防備は完璧に近い学校だったが、内部から感染が発生してしまえば脆かった。

瞬く間に学校内は地獄と化した。

パニックに陥り逃げ惑う生存者達。その中の誰かが、外へ逃げる際に校門を開け放った。

これにより、学校の周囲をうろついていた感染者も自由に出入り出来る様になってしまった。

大混乱の中を、真人と花梨は命からがら逃げ出して来たのだという。


 そして今、4人となった一行はさらなる脱出を強いられて、夕暮れの街へと放り出された。

日没はもう間もなくだろう。これから夜になる。

見通しが悪くなると、それだけ危険が増す事になる。

連中に夜目が利くのかどうかは不明だが、不用意にリスクを負うべきではない。

とりあえず、今夜の寝床を確保しなければ。

傾いた太陽を名残惜しく追いかける様に、一行は足早に歩いて行く。


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