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フェデルフィア国物語  作者: 冬永 柳那
1章 巡りあう2人。
2/11

一話目





石造りの美しい街並みの中、晴れ渡った青空の下で一人の少年が歩いていた。


ここアラウメニアの世界では十分に長身と言ってもいいほどの身長。程よくついた筋肉に健康的な体。灰色のくたびれた外套の中には、少し育ちのいいものが着るような材質の鳶色のジャケット。少し明るい灰色のズボン。


その中でもなにより目立つのは、寝癖満載のぼさぼさの蒼黒い髪。そして、少し吊り上った翡翠色の瞳だ。


「……はむ」


そんな少年は手に持つ紙に包まれたパンを頬張る。


パンに挟まれている、少し辛めに作られたソースがかかった炙り肉が、いまにもこぼれ落ちそうだ。


「……やっぱ、あぶにくパンはうまいよなー」


ゴクンと喉を鳴らしながらあぶにくパンと呼んだ料理を咀嚼していく。


一口、二口と順調に口を動かし、あぶにくパンを食べ終わってしまう。


手にある中身のない紙の袋をくしゃりと握り潰した後、少年は大きく背伸びをした。


「ん~~……やっぱ、いいもん食べると落ち着くなー」


首の骨をポキポキと鳴らしながら少年が呟いたとき、威勢のいい声がかかる。


「へい、兄ちゃん! 随分といいもんぶら下げてるけど、傭兵かい?」


「ん? 違うよ、おっちゃん。似たようなことはやったことあるけど、こいつはそういうのじゃない」


やたらと恰幅のいい男に話しかけられた少年は、言葉を返しながら男に指し示された腰にあるものを軽く叩く。


少年の腰にあるもの。それは、真っ赤に染められたかなり長い剣の鞘。


銀色の線で何かの紋章が描かれているが、意図的に潰されたようで描いているものをきちんと見ることは難しい。


少し線の細い印象を受ける少年の体つきには、不釣り合いな代物だ。


「そうかい? ま、どっちにしたっていいさ! 旅の間だって言うんなら、安くしとくよ!?」


「いい商売魂持ってるじゃん、おっちゃん」


「あったりめーよ! 少し前には戦争なんてものがあったが、それはお偉いさんの口実だろ? うちらにとっちゃ、これが戦争よ!」


胸を叩きながら言う男に、少年はその少しつり上がった翡翠色の瞳を、一瞬だけ歪めた。


「……平和な戦争じゃないか。それなら、続いても問題ないかもね」


「おうさ! ささ、なんか買ってくかい? ちなみにお薦めは、近くの森で捕れる鹿の肉を薫製にした―――」


ガシャーン!


男の商売文句は、すぐ近くで聞こえた物音にかき消された。


そして、その後に続くようにしてガラの悪いダミ声が続く。


「あぁ!? もういっぺん言ってくれねーかな、嬢ちゃん!?」


ツンツンに逆立てられた、男の今の心情を表したような金髪の髪の毛を持った男が、目の前にいる少女を威嚇しながら現れる。


「ひっ!」


その男の剣幕に、少女は腰を抜かせて怯えることしかできない。


「ありえねーだろ!? 俺様が店に入った途端売り切れなんてよぉ!」


「で、でも……!」


「俺様お客ぅ、嬢ちゃん店員。客に物売れなくて店員やってんじゃねーよ!」


ドスッ!


「ひぐっ!」


男の蹴りが、少女の脇腹に突き刺さる。


蹴りを食らった少女は、まともな防御もできずに、その暴力を受けて転がる。


大の男に蹴られたのだ。日常的に鍛えている者でもなければ、耐えられるはずがない。


「………っ」


「兄ちゃん、止めときな」


少年は、そんな少女の姿を見て助けようと体を動かす。


だが、それをいままで話していた男が止めた。


「……なんで?」


「あいつはここら一帯に出る山賊の頭領だ。逆らえば兄ちゃんも……」


「ふーん」


「ふーんって、兄ちゃん?」


「大丈夫。俺、そこそこできるから」


制止を振り切るように、少年は着ている灰色の外套を翻す。


そして、蒼黒く染まった短いながらも耳まできちんと隠れてしまっているボサボサの髪をがしがしと掻きながら言った。


「……ここで動かなかったら、絶対に後悔する。俺は……それが嫌でここにいるんだから。……俺は、あの時から」


「兄ちゃん?」


まるで自らに言い聞かせるような言葉を呟いた後、少年は少女を見下ろす男の前に躍り出た。


「はいはい、終わり終わり。随分とやり過ぎじゃないの?」


「ああ!? んだ、てめぇ! 殴られてぇのか!?」


「誰も殴られたいやつなんかいないと思うんだけど、普通……」


いまにも殴りかかりそうな勢いで詰め寄る男に、少年はため息をついた。


「てめぇ……死にてぇのか?」


「いや? まだ生きたいって。まだ、なにもできてないから」


「は? 意味の分からねぇことを……言ってんじゃねえ!」


振るわれる拳。


顔のど真ん中に向かって精確に迫る拳を、少年は見据えていた。


そして―――


「そりゃそうだろうけど? もっとも、アンタなんかに分かってもらいたくないけどな」


「なっ!」


その拳を、冷静に掴み取っていた。


ギリ……


「っ!」


「だから、止めなよ。無駄だから、こんなことしても」


ギリギリ……


「ぐがぁ! て、手がぁ!」


少年は、どこか捻り切るような力を加えた自信の握力のみで掴む拳を、握り潰さんと握っていく。


その力に、頭領の男は痛む手を守るように、引き剥がすために腕を振る。


だが、まったく抜けなかった。


「言ったろ? 無駄だって」


どこか悲しそうに言いながら、少年は握っていた拳を投げる。その先についた体ごと。


「ぐはっ!」


背中から石畳に落ち、肺の中の空気を絞り出される男。


その先を見ようともせず、少年は倒れる少女に向かって手を差し伸べた。


「ほい、大丈夫? 立てるか?」


「あ、はい。ありがとう、ございます」


「ありゃりゃ、埃だらけになっちまってるな……よし」


「ふぇ?」


少年は、乱れてしまっている少女の髪をささっと結い直す。


元々ついていた黄緑色の羽飾りを使い、少女の乳白色の髪を一つにまとめていく。


「これでよし。気に食わなかったら、またお母さんにやってもらいな」


「あ……」


頭の右、少し盛り上がるように結われた髪型になった少女は、離れていく少年に少し悲しそうな顔を見せる。


そんな少女を見て、少年は笑いながら少女の結ったばかりの頭をくしゃりと撫でた。


「大丈夫。すぐに戻るから」


少年は向き直る。


自らが放り投げた、目を血走らせながら胸元からナイフを取り出した男の方へと。


「ククク……生きて帰れると思うなよ、ガキがぁ!」


「……ガキ、ねぇ。ま、その通りなんだけどさ……」


「ああぁぁ!!」


ボソッと呟かれた少年の台詞を男は聞かず、ただがむしゃらにナイフを振るう。


銀色に閃く刃を見つめながら、少年はやれやれといった風に首を振る。


そして、おもむろに腰につった剣を鞘ごと振った。


ガギン!


鈍い音が二人の間に響き、鍔迫り合いが始まる。


かなりの長さがある剣の鞘使い、少年は自らに迫る凶刃を受け止める。


男は、殺すつもりで振るったナイフが止められたことに驚きを隠せない。


「ったく、人の話ぐらい聞こうよ。年長者を気取ってるぐらいならさぁ!」


「なめるな、ガキぃ!」


長剣を扱う少年と、短剣を扱う男。


どちらが懐深くで有利かと言われれば、明らかに短剣だ。


それを活かし、男は短剣を回す。


少年の持つ鞘を軸に回された短剣は、少年の首元へと伸び、その命を断ち切るために動く。


「残念。長いもん持ってる奴が、最近接戦を想定しないわけないだろ?」


ドスッ!


「ぐふっ!」


ナイフより先に振るわれた少年の拳が、男の鳩尾に突き刺さっていた。


「な? だから、アンタは終わりだ」


殴られた箇所を押さえながら崩れ落ちる男に、少年はそう呟く。


「っざけんなよ……誰が、てめぇみたいなガキに……」


「まあまあ、これ以上は何もしないからさ。さっさと消えてくんない?」


血走った目で腹を押さえて呻く男を、少年はまるでなだめるように言葉を口にする。


完璧な実力差。それが身に染みている男は吐き捨てるようにして叫んだ。


「……ちっ! いつか殺す、覚えてやがれ!!」


完全に負け犬としての言い草だが、それでも男は格好つけたかったのだろう。唾を吐き捨てながら少年たちの元から消えた。


その後ろ姿を見つめながら、少年は深いため息を吐く。


「はぁぁーー……。あんまり、慣れない事はするもんじゃないな」


「あ、あの……」


ポリポリと頬を掻きながらそう言う少年に、おずおずと少女が話しかける。


「ん? ああ、怪我はないか? 結構蹴られてた気がするんだけど」


「だ、大丈夫です。ありがとう、ございます」


「そか。怪我がないんならそれでよし。んじゃ、俺はこれで」


軽く手を上げながら、少年はその場から踵を返すようにして立ち去ろうとする。しかし、先ほどのような大立ち廻りをしておきながら簡単に逃げられる筈もなかった。


当然、祭り上げられることになるのだ。


「兄ちゃんやるじゃねーか! かっこよかったぜ!?」


「ああ! あいつにはほとほと苦労してたんだ。これ、貰って行ってくれ。感謝の気持ちだ!」


「まだ若いのに大したもんだよ。いやほんと」


「あの……えっと……気持ちは有難いんですけど……」


口々に感謝の言葉を述べられ、手には様々な物品が乗せられていく。食料や衣料、果てにはよく分からない工芸品まで。


山盛りの何かになってしまった物を半ば押し付けられた少年は、苦笑いしか出ない。


「あの……持ちましょうか?」


「あ、いや。いいよ別に。貰った物はきちんと自分で持たないと。それに、せっかくの好意を無下にはできないから」


先ほど助けた少女からも心配されるほどの量を持っていると言うのに、少年はあまり苦しそうではない。


まあ、あれだけの動きが出来る人間が、そうそう荷物を持って音を上げると言う事はあり得ないだろうが。


「すごいですね」


「そうかな? まあ、すごいがどうのとかじゃないとは思うけど……よっと」


荷物となってしまったものを抱え直しながら、少年は少女の言葉に答える。


そして、少し表情を柔らかくした後に少年は言う。


「ま、俺はそろそろ行くよ。ここにいても、もう何もできないと思うし。それに、さっき逃げて行った奴も気になるからなー。またここに来ても困るだろ? とっちめてやらないとな」


「そう、ですか……あ、名前……教えてください……。恩人の名前は、憶えておきたいから」


名残惜しそうにそう言う少女に、少年は一瞬考えるそぶりを見せた後に少女の言葉に答える。


「んー。……俺の名前はレヴィン。レヴィン・ホルスト。また会えたら会おう。今度は、きちんとした普通の状態でな」


朗らかに笑う少年は、今度こそその場を後にした。


両手いっぱいの荷物を揺らしながら。


そして、向かった場所で運命の出会いを果たすとは、今この時は全く知らずに。


感想等々待ってます。


誤字脱字誤変換等の指摘も歓迎。

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