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彼と彼女と復讐者

蒼空

 俺はこの世界において、ただの脇役に過ぎなかった。

 

 勇者は共に呼ばれた少女であり、俺は巻き込まれただけの凡人でしかなかったのだ。

 異世界に来たからといって、全ての人間が特異な力を持つことができるわけではない。そのことを俺は、この世界で嫌という程に思い知らされた。

 単なる偶然で何の意味も無く連れて来られた挙句、もう元の世界に戻ることが叶わないと知り、何の力も持たない役立たずと軽んじられ、真正面から罵られて、怒りを覚えずにはいられなかった。

 そのやり場のない感情を、彼女に向けようとしたこともある。無論、ただの八つ当たりだ。


 ―――――だが、それをぶつけることはできなかった。

 何故なら彼女は、あまりに弱すぎた。勇者として召喚され、祭り上げられて、一見持てはやされ至極大切に扱われているように見えた少女は、その実とても哀れな人間いけにえでしかなかったのだから。

 

 彼女は、完全無欠の勇者様だった。

 負けない。泣かない。臆しない。戦場に出れば国の騎士よりも勇敢な、常勝の女神。

 その姿を人々は讃え、勇者の存在に安堵した。

 だが、俺は周囲の期待に応えることができず、帰りたいと叫んだ彼女を知っている。死にたくないと、戦うのが怖いと泣いた姿を知っている。同じ世界の者として、慰みに付き人とされた俺はすぐ傍でそれを見ていたのだから。

 彼女は少しずつ戦うことに慣れていった。殺しても、傷ついても、涙を流さなくなった。それと同時に人々の望む『勇者』の仮面を被ることを覚え、それを外すことを忘れていった。

 傷つかない代わりに悲しまない。泣かない代わりに喜ばない。

 心を閉ざすことが、麻痺させることが、彼女にとって唯一の自衛手段となった。

 

 始まりが哀れみであったとしても、長く傍にいれば情も湧く。それが本当に恋情であったのか、今となっては分からない。けれど、今の俺にとってあの勇者様が大切であることに変わりは無い。だからきっと、この感情に名前をつけることに意味はない。

 魔物たちとの戦いが一段落し、徐々に自然な笑みを取り戻し始めた彼女に安堵した。

 その変化はきっと、あの少年が起こしたものだ。王宮の片隅で出会った、まだ幼い灰色の髪の子ども。何故か酷く世間知らずで、勇者と呼ばずに彼女を慕っていた。それが良かったのだと思う。下手に突付けば壊れてしまいそうな彼女に、俺は何もしてやれなかった。

 このまま穏やかに過ごしていけたなら、きっと元に戻れると信じていた。いた世界に戻れなくとも、この世界で新しい家族を作り、新しい友人を作って、平穏な日々を過ごせると。

 だが、それは夢物語のままに潰える。

 

「く、はっ・・・・・・・・・」


 絶え絶えに吐いた息には、赤い色が混ざっていた。

 ―――――どうやら俺は、此処で終わりのようだ。理由は知らないが、人間に殺されて。

 ああ、でも、確かにこの国は最近揉め事が多かった。次の王位がどうだとか、そんな話を聞いた覚えがある。恐らくは勇者である彼女がその争いに巻き込まれたのだろう。そして付き人である俺が狙われた、そんなところか。


 ずる、と壁に凭れかかり石畳に座り込む。

 痛みは無い。ただ、酷く身体が熱かった。視界は明瞭で、天を仰げば世界は違うというのにそれだけは変わらない蒼褪めた空が映る。

 死ぬということには正直な話、あまり恐怖を感じない。ただ、残していく彼女達のことだけが僅かに気がかりだった。 

 あの勇者様は、気付いているだろうか。自分が壊れかけていることに。張り詰めた糸の様な自分の精神状態の、その危うさに。・・・きっと、気付いても彼女は何もできないだろう。彼女に自分自身を支えられるような強さがあったなら、最初からあれほど追い詰められることなどなかっただろうから。

 すると、希望を託せるのはあの少年ということになる。が、彼はあまりに幼い。ならば、俺に置き去りにされた彼女はどうなるのか。


 ・・・まあ、いいか。どうせあと少しで死ぬのだから、俺にできることなど、もう、有りはしないのだ。

 そうやって思考を停止させ、ゆっくりと息を吐く。なんだかもう、考えるのも面倒だった。


 ―――――そういえば。




 死ぬ原因まで巻き込まれなんだな。そう考え、小さくわらった。

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