それぞれの思い(王宮)1
目覚めた私が最初に見たのはきらびやかな装飾が施された天井だった。
私、何してたんだっけ。
ここ、どこだろう……。
……。
目を開けると同時に年配の女性に覗き込まれた。白髪交じりの髪を綺麗に後ろにひっつめた威圧感のある女性だった。
誰?
「リリア。ユアロ様にご報告を。巫女様が目を覚ましましたと。」
パタパタと足音が聞こえる。
体を起こそうとしたら右腕が痛んだ。
「巫女様。まだお休みください。」
言葉は優しくとも私の動きを止める口調はひどく冷たいものだった。
「ここは?」
ジロリと女性は私を一瞥すると何も言わずに扉の方へと移動した。
どうやら私と言葉を交わしたくないらしい。ほどなくして足音とともにドアが開けられる音がした。
バタン。
「目覚めましたか。」
そう言って覗き込んできたのは肩で薄い水色の髪を綺麗に切りそろえている男の人。色が貫けるように白く、薄い唇が情の薄そうなイメージではあるけど、申し分ない美形だ。
「ここは?」
同じ質問を繰り返す。この人は答えてくれるのだろうか?
「ここはサテアン様の大切な妻となる水の巫女の部屋です。」
……すいません。今耳に入った言葉が理解できません。
「え……?」
「シリル様。一か月後、貴方はサテアン様の妻となるのです。」
「わ、私は……!」
リアンと契りを結んだのよ?いくらサテアン王子の命令だったとしても大切な妻の座は第一夫人のみ。百歩譲ってハーレムの一人に加えられても妻っておかしいよ。
「貴方は何も考えずにここに住まわれたら良いのです。フォン、後は頼んだぞ。丁重に扱え。」
「恐れながらユアロ様、私には納得できません。……このような不貞を働くような巫女をサテアン様の妻になど!」
「フォン、黙れ。」
ユアロ様と呼ばれた男の人がそういうと部屋は静まり返った。そのままユアロは部屋を出ようとする。
「ま、待って!」
私の呼びかけに少し足を止めてユアロは薄くほほ笑んだ。
「巫女様、何か?」
「……あの……リ、リアンは……。」
「ああ。リアンですか。彼は非常に良い仕事をしました。今頃サテアン様に頂いた西の屋敷で何不自由なく母親と暮らしているでしょう。……他には?」
「……いえ……。」
「……では。なんでも欲しいものはフォンに言いつけてください。巫女様の為なら大抵のものは用意させますよ。」
ユアロはそう言って出て行ってしまった。彼の背中を見ながらリアンを思い浮かべる。いつも盛大に私を甘やかして甘い言葉をくれていたリアン。
……当たり前のことだったけど、ショック……かな。
やっぱり、リアンにとって私とのことはお仕事だったんだ。
そんな事を考えて鼻の奥をつんと痛くしている私をフォンと呼ばれた女性があからさまに納得のいかない顔で見ていた。
*****
昼食の時間にドーム型の銀色の蓋(クロッシュ*またはドームカバー)が被っている料理がベットサイドまで運ばれてきた。いろんなことにショックだった私に食欲なんてない。
「料理長が腕によりをかけたそうですよ?」
フォンは言うとリリアと一緒に無表情で立っている。そう言われてしまうと私も開けないわけにいかなかった。
……
……
開けなければよかった。
すぐに蓋を閉めるとリリアがクスクスと笑っていた。
私に用意されていた食事にはネズミの死体が切り刻まれていたからだ。
気分が悪くなったのは確かだったけど、私は正直言って嫌がらせに甘んじたい気分だった。
私は罰を受けたかったのだ。
私はリアンの言葉を信じてなんかいなかった。自分が救われたくて、巫女の能力が失われるのを承知でリアンに抱かれた。自分の無力さに絶望を感じて村を見捨てた。
酷く冷たい視線の侍女たちに冷笑が漏れてしまいそう。こんな私に嫌がらせする価値もないのに。
どうせならリアンに愛されて抱かれたと錯覚したままでいたかったな。……つくづく考えてもリアンが何もなしに私を抱くわけがなかった。私が巫女の学院の中でどれだけ容姿と教養が劣っていたか考えたらわかるようなものなのに。両親と暮らしていた頃はこんな私も愛情いっぱいに育てられていた。でも、親元を離れて学院に入ったときそれまでの小さくても暖かかった世界がいっぺんに果てしなく大きく冷たいものに変わった。あからさまな軽蔑の視線の中での生活はとっても息が詰まるものだった。貴族の人がどんな目で私を見ているか分かっているはずだったのに……リアンの言葉を信じないようにしていたというのに結局、私が喜んでいたのを見破られていたのね。
……リアンが奴隷ならその生活から抜け出せたのかな。私がリアンを好きだったのには変わりないし、旅の間リアンは本当に私に良くしてくれたわ。あの3日間は私は奇跡みたいに幸せだった。私に好かれるために仕方なくしていたかもしれないけどそれは確か。私のつまんない体ひとつで少なくとも一人は救えた。笑えるけど。
もう、どうなってもいいや。
結局、サマの村は救えなかった。
私はベットサイドのトレーを静かに押しやって目をつぶった。
*****
部屋にそろえられたドレスは皆無残に切り刻まれていた。
どうせ私に着るつもりなどない。
後宮の悪質な嫌がらせの話はよく聞いていたが、本当にあるんだと思うくらいだった。
あの日以来食器の蓋を取るのも億劫で仕方なく、手も付けずに食事を取ることを拒否した。
私はこのまま餓死するくらいがちょうどいいんだわ。
ベットから出られるようにはなったけど部屋の外には出して貰えず、窓際の椅子に座って一日を過ごす。
そんな時、思わぬ訪問者が現れた。
「フォンティーナ様!まあ、まあ!」
フォンの声がビックリするくらい高揚していた。フォンティーナお姉ちゃんは薄い紫色のベールをまとって金色の刺繍が美しいサテンのドレスを着ていた。まるでお姫様みたい。
「シリル!」
「……お姉ちゃん!」
おぼつかない足取りでフォンティーナお姉ちゃんに抱きつくと目から涙が溢れ出した。
「ああ、シリル!こんなに痩せて!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
「私がちゃんとあなたにリアンのこと伝えていればこんなことにならなかったのに!」
「……。」
「ごめんね、シリル。」
私は子供の様に泣きじゃくった。フォンティーナお姉ちゃんはずっと頭をなぜてくれていた。
私はこの温もりに縋りたかった。
そうしないと私は自分を保つことさえできなかったのだから。