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ふたり旅6


一度目の儀式はうまくいかず、水は出なかった。



「すいません、力不足で……。」


「いえ、巫女様。この土地を離れるように村人には話をしておきます。」


「あの!もう一度、頑張らせてもらえませんか?」


そう言うと村長は私の手を取って何度も頭を下げた。


もしかして、水脈の読み違いがあるのかもしれないと他の候補地でも儀式を行ったが水が出る気配はいっこうに無かった。一人で地方を周り始めたころにもここまでなんともならないことはなかった。


原因はわかってる。


私の集中力が足りないのだ。


村長さんは村人にここを離れるように話をしていたが、半分の村人は留まった。

多くは病人、老人をかかえた家族だ。あの幼い少女の家族も留まっていた。


「シリル。お願いだから、食べ物を口にして。君の体力が持たないよ。儀式は精神力が消耗するんだ。こんなに立て続けにしていいもんじゃない。少し、休まないと。」


「私が休んでいる間にどんどんみんな衰弱してしまうわ。なんとかしないと。」


「君は「水産み(みずうみ)」もしているんだ。こんなんじゃ持たないよ!お願いだから、シリル!」


わたしがモタモタしているうちに村のすべての水は干上がってしまった。もう各家のカメに蓄えたものしかないような状態だ。通常巫女はその家に伝わる巫女の道具で「水産み(みずうみ)」というものをする。空気中から水分を集めて水を得ることが水の巫女にはできるのだ。当然由緒正しくない水の巫女の私にはそんな道具がないのでコップをもって念じる。コップには一杯もたまらないけれど、自分の分は困らない。


「僕、少し噂を聞いたんだ。それが本当なら君がどんなに頑張っても井戸には水は戻らないよ。」


「リアン、井戸に水が戻らないのは私のせいなのよ。」


「……。あの井戸は穢されてる。だから、無理なんだ。」


リアンは私と目を合わさずにそう言った。



******



「申し訳ありません。」


事情を聴きに来た私に村長は深く頭を下げた。その隣には案内役だった夫婦も土下座している。


「つまり、あの井戸はレメの怒りを受けて涸れてしまったのですね。」


私の声で三人は下を向いて頷いた。カレンさんという奥さんはずっと泣いている。


半年前夫婦には子供が生まれた。

女の子だ。

その頃から雨が降らずこの村は食糧難だった。

病気の長男と長女だけでも何ともならないのにこれ以上の食糧調達は無理だった夫婦には生まれてきた子の世話ができるとは思わなかったのだ。そして……口減らしが行われた。

長女はまだ幼くてわからなかったが、12の長男にはそれがわかってしまった。

自分のせいで生まれてきた子が死んだと知ってせめて水を与えてやろうと長男は井戸に……


あの井戸にそのむくろを投げ入れたのだ。


その日から僅かだった湧水も一切出てこなくなったという。「レメの怒り」その水源に一滴の血も流すなかれ。穢れた水源に水が戻ることはない。


「黙っていてすいません。しかし、どうしてもここを離れられない者が半分もいて助けていただきたかったのです。」


飢饉が続く村では口減らしが行われると聞いたことがあった。でも実際現実に直面したことはない。


このことを知っているのは村長とこの家族だけだった。この土地に残った者はここで死んでいく覚悟なんだと今更ながら気づいた。


「お怒りになられても仕方のない話です。あんなに巫女様はよくしてくださったのに騙すように儀式をしてもらっていたのですから。」


「そ、村長さんは悪くないんです!うちの子が、あんなこと!」


……その長男も今は臥せって意識もないらしい。私は、どうすればいいのだろう。


「シリル。この村を出よう。ここに居ても仕方ない。この人たちは君を騙してたんだ。」


ずっと黙って聞いていたリアンが口を開いた。


「そうね……。」


何も考えられなくなった私はそうつぶやくように答えた。



****



その晩は村長さんの家に居ずらかったので村を出た人の家にリアンと泊まらせてもらった。空っぽになった家は寂しい所にたっていた。


「リアン、私は結局何もできない。数日でみんな死んでしまうわ。」


「……君は精一杯やったんだ。シリル。君は悪くない。」


騙されたことに、自分の不甲斐無さに情けなくて仕方なかった。

フォンティーナお姉ちゃんと旅していたころはお姉ちゃんが選んだ場所で儀式をすると面白いように水が呼べた。一人になってからはなかなか上手くいかなかったけど、それでも水が呼べない事は一度もなかった。

こんな自分でもなんとかできる。

水の巫女として認めてもらえる。

そんな風に自分を奮い立たせて旅をしていたのに。


あの夫婦は残った兄妹をなんとか助けたかった。お腹に子ができた時は村がこんなに貧しくなるとは思っていなかったんだ。大切に育んだ命を終わらせるのはどんなに辛かっただろう。


村を周ると皆手を握ってくれた。何度儀式を失敗しても誰一人責めずみんな手を組んで必死に祈ってくれた。

いくら「レメの怒り」をかっていたとしてもあの井戸以外でも水を引くことができるはずだ。


私が浮かれていたから。


私に……力がないから。


コンコン、その時扉を叩く音がした。リアンと顔を見合わせると扉を開ける。


そこにはあの少女が立っていた。


「巫女様、ここを出て行かれるんですね。これ、村長さんから預かってきました。」


僅かな食糧の入った籠を差し出した女の子の手を押し返す。


「私は何もできなかったの。受け取れないわ。それは、あなたとあなたの兄さんに。」


「お姉ちゃん……。」


「もう、遅いわ。気を付けて帰るのよ。」


「ありがとう!」


嬉しそうに少女は籠を持って走っていった。私は少しだけその笑顔で救われた気分になった。




……次の朝、彼女の兄が死んだと聞かされるまでは。








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