ふたり旅5
リアンの唇は柔らかかった。
……あの唇が……。
「シリル?僕のこと見とれてくれてるの?いいよ。穴が開くほど君の綺麗な瞳に僕を映して。」
「……。」
慌てて目をそらす。ああ。なんかダメ。テーブルの上の図面とのにらめっこに戻る。
早く図面を仕上げて昨日の井戸を調べないといけないのに。昨日リアンにキスされてから夜もなんだか落ち着いて眠れなかったじゃない!
だってさ、なんでいきなりキスなんてするのよ。
親愛っぽい?儀式みたいなキスだったけど。
以前どこかの町で私が離れたすきに化粧の濃い女の人とそれはそれは激しくリアンがキスしてたのを目撃した時とはちがう……。どちらにせよ、リアンにとってそんなに意味のあるものではないんだよね、キスなんて。
一緒に逃げて、なんて本気かしら。
リアンはジゴロなのよ。信用ならないわ。いろんな町でふらりと居なくなっては口に口紅をつけて帰ってきたり、その、首に、へ、変な印しつけて帰ってきたり香水の匂いプンプンで……。そのつどなにか品物をもらって来たり、多分お金も。私は水の巫女だからさすがにせびるのはよくないと思っているんでしょうけど。
「ねえ。シリル。おなかすかない?昨日の夕食から気兼ねして食事を取るのを断っているんでしょ?」
「……。食糧も尽きてきているのに用意してもらえないわ。水が出るのが先よ。」
ああ、ホントどうかしてる。
リアンのことで頭がいっぱいなんて。
私は昨日の夕食から村長さんに食事を断った。私に来てもらうため村のみんなから食料を集めて無理していたのが分かったから。子供たちは痩せ細って見ていられないし、私はぽっちゃりしている分脂肪が蓄えられているんだから大丈夫。宿を提供してもらえるだけで十分よ。まあ、おなかはペコペコだけど。
「干芋を仕入れてきたんだ。食べなよ。でないと体がもたないよ?」
「ほ、干芋持ってるの?どれくらい?」
「え、っと。」
リアンが袋を取り出す。リアンには悪いからリアンの分は分けておいて……
「これ、貰っちゃいけないかしら?」
「ぷっ。いいよ。」
「どうして笑うの?」
「僕はシリルのそんなところが大好きだからさ。君はまさに女神だよ。」
「?意味が分からないけれど、ごめんね、リアン。せっかくのあなたの食糧を。」
「いいよ。僕は君と堪えれるなら本望だから。」
リアンがとろける笑顔をくれる。どうやって仕入れたかは聞かないでおくわ。でもありがとう。リアン。
******
また村を回りながら少しの干芋を村人に配った。
子供たちは争うように取っていった。
はやく、早く水が出ないと。
どう考えても初めに干上がったという井戸からでないと水源は得られそうにもなかった。ほかの井戸はただ単に少ない雨を蓄えていたといって過言ではない。やはり、あそこで儀式を行うしかない。
「お姉ちゃん、干芋ある?」
昨日の井戸の方に向かう途中に女の子に服をつかまれた。その小さな腕は棒切れの様に細い。彼女の家は井戸の前にあるらしい。
「ごめんね、もう、これだけなの。」
「ありがとう。お姉ちゃん。お姉ちゃんは巫女様なのでしょう?水はいつ戻ってくるの?」
「……。」
私は何も言えなかった。いつもはわずかでも水の気配を感じることができるのにこの村に入ってから一切感じないからだ。
きっと……
私が集中できていないせい。
なんて未熟者なんだろう。
「お姉ちゃんが村に来る前にうちの赤ちゃん、死んじゃったの。女の子だったんだって。妹になるはずだったのに。生まれたときは大きな声で泣いていたのに。」
「……そう。お水が帰ってくるようにお姉ちゃん、頑張るからね。」
「うん。がんばって。」
「ソフィー!なにしてるんだ!」
突然家から出てきた父親が声を荒げた。見ると昨日案内してくれた男の人。そんなに怒らなくてもいいのに。
「巫女様、うちの娘が何か粗相でも……。」
「いいえ。……あの、赤ちゃん、亡くされたんですってね。お気の毒です。」
「ああ。その……。」
「やはりあの井戸から水が出ないことには難しそうです。今日、調べてから水呼びの儀式を行うつもりです。」
「……。他では無理なんですか?」
「地形から見てもダメでしょう。」
「……。」
「今日は底に下りて調べます。まだ出ないと決まった訳ではないので頑張りましょう。」
肩を落とした男の人にそう言った。子供も亡くしてどんなに辛いだろう。その上、住む場所まで無くすようなことにはしたくない。さっきの女の子のためにも。
二度目に調べた井戸の底は赤い布が取られていた。私が調べやすいように取ってくれていたのだろう。
井戸の底は乾ききっていて水の気配もなかった。でも、ここでやるしかない。
案内してくれた男の人には病気の長男がいるらしい。ほかの子供たちはすぐに自分の口に干芋を入れていたのにあの子は大事そうに家に持って帰っていった。……きっとお兄ちゃんに食べさせたのだろう。
もしも水が出なければ村人はこの土地を離れなければならない。
水の気配を読み取れないまま、不安な気持ちで私は儀式に挑むことになった。