変わり果てた王宮6
さわさわと頬を撫ぜる風は湿気を含んでいないせいかお姉ちゃんのベールの内側の美しい髪を揺らしていた。
「王宮で一人だけ黒髪だったサテアン様は鼻つまみ者だったわ。王の血が流れていないって言われて、兄弟にも虐げられていた。……母親にだって。私はそんなサテアン様をずっと見つめてきたのよ。初めてこの庭でサテアン様を見かけた時はこんなにも美しい人がいるなんてびっくりしたわ。リアンみたいな見た目の美しさじゃない、強さがあった。私も本当は父の妾の子だった。見目がいいからって本妻の子として育てられただけ。幼いころから私は王子たちの将来の結婚相手に目に留まるようにと父が無理やり用事があるたびに王宮に連れられてきていた。サテアン様に出会うまでは嫌だったけどこの中庭でその姿を見れると分かってからは足しげく通ったものだわ。同じ……いえ、もっとつらい状況でもサテアン様の心は折れるどころか強く輝いてた。私の憧れが愛情に替わってもおかしいことじゃない。学院を卒業してから五月蠅くなった親には水の巫女の修行として避けていたけど第三王子の本妻や第一王子の妻の一人に何て話は端からお断りだったわ。私はサテアン様しかいらない。彼がすべてなのだから。」
「だったらなおさら!上手く収まる方法を……。」
「シリル……ここから逃げるなんて無理よ。私と話せたのだって偶然敷地内に私が居たから。あの建物の先へは貴方は絶対に抜け出せない。大きな籠の中でちょろちょろしているネズミなのよ。貴方は。」
「……。」
「貴方がどう考えようとサテアン様はあなたを手に入れている。正直あなたを殺してやりたいわ。でもレメ神の怒りを受けるつもりはない。さっさとサテアン様のものになってよ。サテアン様が厭きるのを待つわ。それに……。」
「それに?」
「貴方はリアンが革命軍のリーダーであることについて深く考えていない。ここを出て会えるとでも思っているの?」
「そ、それは……。」
「革命軍が掲げているのは「脱王政」だけじゃないわ。レメ神の否定を象徴としている輩たちよ。何人もの水の巫女は既に降嫁させられている。無理やり一般人と結婚させられているのよ。」
「え……。」
「リアンは憎んでるのよ。自分と母を追いやった王宮とそれが崇拝する水の巫女を。散々自分たちを辱めて来たんだもの、当たり前かもね。これでも貴方、リアンのところへ?……死ねわよ……。ふふ。ふふふ。」
傲慢な微笑がお姉ちゃんを醜くしていた。彼女はそう言い捨てると私が向けたナイフを指で上に向かせてくるりと優雅にその場を立ち去る。残り香が私の鼻をくすぐっていた。
リアンが……水の巫女を……私を……憎む?
震えながらナイフを握っていたことに気付く。冷静になったお姉ちゃんには気付かれていたのだろう。
リアンに正直憎まれているまでは感じたことはない。でも、ある日突然幸せだった村から奴隷として王宮に差し出されて、揚句に水の巫女の……男娼みたいに扱われてリアンはどう思っただろう。巫女を憎み、レメ神に疑問を持ったんじゃないだろうか。
愛されてないどころか憎まれていた可能性があるなんて……。
考えたら考えるほどその可能性の方が強い。事実私の能力を引き出すために抱いてからは求められたこともないじゃない。キスさえ……。
は
はは。
分かってたのにどうしてこんなに落ち込んじゃうんだろう。
でも。いくらなんでも嫌われてたなんて。
滑稽もいい所だわ。三日ほど儀式のように私を抱いただけなのに勝手に子供まで宿して?
ルーンの事喜んでくれたのも演技?王宮から私を引き離せば国が衰えると思った?現にここは以前のようなきらびやかさもない。水が満たされてこその王宮だもの。
考えたくない。考えれば考えるほどお姉ちゃんの言葉が突き刺さる。
巫女として利用されてもいいと思った。リアンが喜ぶなら井戸の復活だって水源だっていくらでも頑張って……。それでも一緒に居てくれるなら……。
憎まれるくらいなら水の巫女の力なんていらない。
ルーンと三人でどこかで普通の夫婦として暮らせたらどんなに良かっただろう。
でも。
水の巫女だからリアンは私に近づいたんだもの。初めからありえない事だったんだわ。
革命軍。戦争が起こればまた多くの人が犠牲になるのだろう。
リアンの目的がこの国と女神のへの復讐だとしたら。
私はそれを止められるのだろうか。