変わり果てた王宮2
「サテアン様は今夜にでも」ってフォンは言っていた。
どうしよう。
どうしよう。
どうして私に執着するのだろう。本当の水の巫女ってなんなの?
サテアン王子が私を愛しているとは思えない。サテアン王子がリアンやリアンのお母様にしたことは一生私は許すことなんてできない。
とにかくどうやって逃げようかと考えていたとき、フォンが私を呼んだ。
「シリル様!ご支度を!」
「え!?」
もしかして、今から!?まだ日が高いわよ!ギャ~っと思いながら構えているとフォンが焦るように言った。
「サフィス様がお呼びです。シリル様にお会いしたいと。」
「サフィス様?」
それって確か、王宮で一番偉い水の巫女様。でも名前も存在も伏せられてるってリアンが言っていたサテアン王子の曾曾おばあ様だ。フォンの慌てぶりをみると急ぎの用事みたい。とにかく羽織ものだけしてフォンの後を続く。宮殿の奥にある水の巫女の聖堂は巫女になる洗礼の儀式と結婚式にしか普段は入れないはずなんだけど……。
しんと静まった聖堂を簡単に横切ると美しい水の女神レメの姿が描かれたタペストリーの裏から隠し扉があった。そこから地下に下りて行くと彼方此方に水の流れる音とそれを次々に受ける盆が広がる不思議な光景の中にひとつの扉が現れた。
「ここからはシリル様だけでお入りください。」
そう言うとフォンは私を中に押し込んでドアを閉めてしまった。
ちょっとくらい説明があっても……。そう思いながら正面に視線を戻す。大きな天蓋付きのベットにはサフィス様と見られる人が横たわっていて枕元にはサテアン王子が座っていた。
「シリル……ここへ。」
サテアン王子が私を呼ぶ。正直行きたかないけど、仕方ないわ。
私がそこへ導かれるとサテアン王子は私に座っていた椅子を譲って座らせると両肩に手を置いた。
逃げるなって言いたいのかしらね。
「こ、これは?」
近づいてみるとサフィス様と思われる人物が横たわるベットは水槽の様になっていて体の表面が出ているだけの状態になっていた。中央に浮かんで見えるその顏は老女の顔ではない。20代後半って感じの……平凡な女の人が横たわっていた。
「サフィス様。シリルです。」
サテアン王子の声で女の人の瞼がピクリと動いた。それからはゆっくりと時間をかけて目が開けられる。
やがて虚ろとも思える視線でシリルを確認すると少し口の端が上がった。
微笑んでる?
「は、初めまして。シリルです。」
今度は私の声にかすかに唇が動いた。それを見たサテアン王子は自らの耳をサフィス様に近づけてその声を拾った。
「わかりました。シリル、二人だけで話がしたいそうだ。私は席を外す。」
そう言うとオロオロする私を置いてサテアン王子が出て行ってしまった。
え……これってどうしたらいいの?
そう思っていたらサフィス様の唇が再び動いた。私はサテアン王子がしたように耳を近づけてその声を拾った。
……やっと、きてくれたのね……うれしいわ……
わたしはもう長くない……あなたに後を託したい……
「え!?た、託すってどういうことですか?」
……全てはサテアンに任せています……
……あなたは……あのこを支えて……
……この国を……守って……
……
……
それからサフィス様は静かに目を閉じた。なにがなんだか全然わからない。目の前の水に浸かった女性。この奇妙な空間。
「サテアン様!」
私は知る権利がある。この横暴で身勝手な王宮で流されていくだけなんて我慢が出来ない。
私には守るものがある。12歳で両親から無理やり離されてから私はレメの祝福を受けた者として人々に役立つよう頑張ってきた。それが使命であると疑わなかったからだ。辛いことの方が多かったけれど、「水」がどんなに大切かを知っていたからこそ頑張った。
力いっぱいサテアン王子を呼んだ。
この人の手のひらで転がされるのはもうまっぴらだ。