変わり果てた王宮1
やがて馬がブルブルと首を振って止まった。
リアンのお母さんを置いて逃げた王宮……。
結局私はなす術もなくここまで連れて来られてしまった。
贅を尽くした正門を複雑な思いでサテアン王子の腕の中に抱えられたままくぐった。
「……。」
でも、なんだか様子がおかしい。
サテアン王子が後継者になっていることと関係があるのかしら。
王宮内は閑散としている。
サテアン王子が手に枷が着いたままの私を馬から下すと中から近衛兵がユアロに走り寄ってきた。
ユアロが渋顔してる……何かあったのかしら。
「サテアン様。」
ユアロが何やらサテアン王子に耳打ちするとサテアン王子は私をちらりと見て言った。
「どうやら私の第一夫人が迎えでてくれているそうだ。」
「え……。」
フォンティーナお姉ちゃんが……。
もしも私がリアンの言う通りにお姉ちゃんに利用されていただけだとしても……。お姉ちゃんは味方なんだろうか。それに、リアンはもしも策を講じて第一夫人になったのならサテアン王子はフォンティーナお姉ちゃんを許さないだろうと言っていた。普通に出迎えてくれるってことは……。
「サテアン様……。」
向こうから侍女たちを引き連れたフォンティーナお姉ちゃんが現れた。相変わらず神々しいくらい美しい。
でも、少し、痩せたみたい。
「お姉ちゃん……。」
きっとこの時私は淡い期待をしていた。リアンが言っていたのはきっと勘違いだと。目の前に居る美しい人は自分を妹の様に可愛がってくれるのだと。
「シリル……。」
フォンティーナお姉ちゃんの顔が歪む。酷く私に嫌悪した顔。いったいこの人はだあれ?
「サテアン様。なぜあなたはこの女をこれほどまでに求めるのです?他の男に純潔を破られた卑しい女を。」
言葉が上手く私の頭に入ってこない。お姉ちゃんが私のことを「卑しい女」と……。
「おや、あなたはどうなんだ?夜ごと他の男を侍らせているアバズレではないか。」
「!心無いものの噂をまさか真に受けられてはいませんよね!?私にはあなた様しかおりません。どうしてあなた様は第一夫人の私をないがしろにするのです!」
「……私を騙して手に入れた地位がそんなに大事か?」
ふふんと笑ってサテアン王子は私の背中を押しだした。
フォンティーナお姉ちゃんがものすごい形相で睨んでる。
私は……
私はただ、悲しかった。
*****
「お疲れになったでしょう。シリル様がいつでも帰ってこられるようお待ちしていました。」
以前入っていたその部屋は私が出て行ったのがウソみたいに調度品までそのままにしてあった。まるで昨日までここに居たかのようだ。ここは第一夫人の為の部屋。フォンテーナお姉ちゃんには使わせていないって事なのだろうか。
驚いたのはフォンが相変わらず私に付けられていたことだ。リリアはフォンティーナお姉ちゃんにつかえているらしい。
どうしてだろう……フォンが歓迎ムードなのが怖いんだけど。
以前は私の事をあまりよく思っていなかったと思う。でも、なんだか献身的に尽くしてくれる。
ほら、今も私の足を丁寧に湯で洗ってからマッサージしてくれている。なんか……こわい。
「サテアン様は今夜にでもあなたを妻に迎えると。」
ビクリとその声に体が震えた。わたしのビビりように驚いたフォンが今まで見たことないような顔で優しく私に微笑んだ。
「お許しください、シリル様。初めてお会いしたころは正直サテアン様にあなたはふさわしくないと思っていたのです。あの凍った心を温められる人はこの世に存在しないのだと……。でも、サテアン様はあなたの為に自らその瞳の色の石を探し、首飾りを御作りになった。そんなことサテアン様にさせた女の方はいません。……サテアン様のお母様でさえ。どうか、あの方を受け入れて頂けませんか。真にこの国を支えているのはサテアン様で有るのです。敵ばかりの王宮内であの方を支えて頂けないでしょうか。」
「わ、わたしは……。」
ここから逃げ出したい。
搾り出そうとした言葉は髪を梳くフォンの手によって遮られてしまった。
「命に代えてもお守りします。ですが……フォンティーナ様にはお気を付け下さい。」
そう、付け足すとフォンは押し黙った。
流されていく自分に私の心は悲鳴を上げていた。