引き裂かれた末は8
「きゃああああああっ!」
私の叫び声で屋敷は騒然となった。娘の後方を確認したサテアン王子は刀を一振りして血を振り切ると剣を仕舞った。
まるで、何もなかったように。
「ドッツイ!!ドッツイ!!」
盆ごと切り取られた手首を掻き集めながら屋敷の主は狂ったように叫んだ。
「私の寝所に押し入るとはどういう了見だ。曲者と同じだ。命が有っただけ感謝しろ。」
蹲った娘を主はどうすることも出来ずにサテアン王子を見上げたがその威圧に目を合わすことが出来ない様だった。
「お、王子様のお慰めにと……。」
「私は妃と共に寝所に居た。それは妃に対する侮辱か?」
「き、き、妃?ま、まさか。」
主はまじまじと私の手枷を見た。そうか、私がどこかの奴隷娘かと思ったんだ。それで、私よりきれいな自分の娘を売り込めると……。サテアン王子はため息をつきながら私の前髪を上げた。
「み、水の巫女様で!」
なぜか深々と私は主に頭を下げられた。
「シリルが止めなかったら娘の命は無かった。シリルに礼を申すのだな……。」
サテアン王子がそんなことを言うものだから、主はおでこが擦れるばかりに私に頭を下げた。
眉ひとつ動かさず娘の手首を切り落とした後、サテアン王子は私の肌蹴た服を直してショールをかけた。
この人は、慣れているのだ。人を傷つけることに……。
きっとサテアン王子は初めから分かっていたのだ。ドッツイが王子に抱かれに来ただけということを。
怖い……この人は見せしめだけにそうしたのだ。
恐怖に体が震えた。
私がルーンの傍に行くと言うことは危険が及ぶと言うことじゃないだろうか。
……自分の腕を抱えながら改めてサテアン王子が怖いと思った。
******
そのことが有ってからはサテアン王子は私を抱こうとしなかった。恐怖で私が逃げれなくなったことを悟ったのかもしれない。相変わらずサテアン王子は私を片時も離さなかった。今も絹の布で私を包んで自分の馬に乗せている。
私の頭の中は、ルーンとモーサをどう守るかでいっぱいだった。
どうしてかサテアン王子たちは全くルーンに歓心が無い。それは都合のいいことなんだけど。
どうして……。
考えても答えは判らない。でも、ルーンの事をリアンの子供としか思っていないなら好都合。このまま私が無関心を通せばルーンとモーサは無事なんじゃ……。「殺す価値が無い。」きっとサテアン王子はそう思ってる。きっとあの時、私が大人しく捕まればそれでいいだけの存在でしかなかった。
とにかく大人しく宮殿までついて行く振りをしよう。妹たちと会ってしまえば身動きが取れなくなる。直前でいなくなればサテアン王子も妹たちを殺しはしないだろう。私の切り札にするつもりなのだから。
ただ……。
リアンはもう……。
リアンの子供が利用価値が無いとするなら……。
それ以上は考えたくなかった。
考えたら……
サテアン王子の胸を借りて泣くことになるのだから。
*****
焼けつくようだった風が少し和らぎを見せてくると王宮が近いことが分かる。
ほとんど休みなく馬に乗せられて移動したために体のあちこちが痛い。
なんとか逃げ出したいのにべったりとサテアン王子がそばに居るので全く隙が無かった。どうしよう。もう時間がない。手の枷は取れそうにないし、外す気も無いようだった。
「半日で宮殿に着く。すぐに式をとり行う。」
なるべく寄りかからない様に座る私にサテアン王子が声をかけた。
まるで死刑宣告みたい。
逃げる糸口がつかめないまま馬は王宮を目指してひたすら走り続けた。