引き裂かれた末は5
「シリル。随分手間をかけさせてくれたな。」
「……。」
「聞くが、これは、なんだ?」
「!ルーン!!」
荷物を放り出す様にサテアン王子がルーンを私の前に放り出してきた。ドサリと目の前でルーンが砂埃と共に倒れた。
「辞めて!ルーンを傷つけないで!」
その大きなサテアン王子の体の後方にモーサが縄で縛られているのが見える。
抵抗してくれたんだ。
ルーンの為に……。
一人なら逃げれたかもしれないモーサの顔は殴られたようで腫れていた。
「あの親子にそっくりじゃないか。忌々しい。大方、あの男の子供を引き取って育てていたのだろう?」
「え?」
確信したようにサテアン王子が私にそう言った。なにか勘違いしているの?
「お前は私のものだ。大人しく王宮に帰るならこの子供は見逃してやる。」
サテアン王子の前に倒れたルーンは気を失っているようだった。
「その前にその子の手当てをして!何をしたの?そんな小さな子供に!」
私の言葉にサテアン王子が猛獣のような目で私を捕らえた。
「口応えは許さない。あんな親子の血など通った子供など……。」
「やめてぇ!!」
蹴り上げた足は何の感情が動いた様子もなく容赦なくルーンの腹を直撃した。
「お、女の子なのよ……。止めて……止めて……。」
ガタガタ揺らした椅子ごと倒れると私は少しでもルーンに近づこうとした。
もう、私は必死だった。
「言うことを聞くわ……。だから、その子にひどいことしないで……。」
芋虫の様に這いながら近づく私をサテアン王子は見下ろしていた。
「逃げたことをまずは私に詫びるんだ。そして、誓え、二度と私から逃げないと。わたしの妻になると。」
「……に……逃げたりしてもうしわけありません……。」
地面に着いた口が動くたびに砂を運んだ。砂を噛みしめながら言葉を絞り出す。
だけど、
あなた以外の妻になんてなりたくない……。
リアン……。
戸惑う私の心を感じ取ったのかサテアン王子はサーベルを鞘から抜いてルーンの背中に置いた。
この人はなんのためらいもなくルーンを貫くだろう。
「貴方の……妻に…なります。」
私の声を聞いてサテアン王子が剣を上に上げた。サーベルを鞘にしまう音が聞こえてから私はサテアン王子にもう一つの望みを伝えた。
「後ろの連れも助けてください。」
サテアン王子の顔は見えなかった。
でも、しばらくしてモーサが解放されるのが確認できた。
私を椅子ごと立たせたサテアン王子は満足そうに兵たちに号令を出した。
「これより出発する!」
二人の兵士が私を抱えるためにやってきたのをサテアン王子が制すると手枷だけ残して椅子を取り払って私を自分の馬に乗せてしまった。
私は出来るだけ体を伸ばしてルーンの方を見ようとした。微かに見えたモーサがルーンに駆け寄ったのが見えた。
モーサ、ごめんなさい!
ルーン……。
ルーン!!
叫ぶことは出来なかった。あまりに私が執着すればモーサもルーンもきっと人質にされる。
サテアン王子の気が変わらないうちにこの場を離れないといけない。
サテアン王子の鍛えられた腕が私を押さえつける。
私が逃げる様子がないのを悟ったのか途中からは馬の手綱に手を戻した。
「今に王宮に帰りたくなる。お前の妹たちも城に滞在しているんだ。退屈することは無いだろう。」
サテアン王子が低い声で私に告げた。
彼は既に私の人質を確保していたということか。
ルーンとモーサは大丈夫だろうか……。
ルーン……
貴方に何かあれば
わたしは生きていられない
食いしばる唇からは鉄の味がした。