引き裂かれた末は2
「ルーン!そっちに行っちゃダメ!」
あれから3年の月日が経った。
モーサには商才が有ったらしく、ルーンが生まれた時にできた不思議な泉の水を市場で売って私たちは生活が出来ていた。
「ちょっとは大人しくならないのかいあの子は。」
モーサは元気すぎるルーンに渋い顔をしながらもルーンが可愛くて仕方ないようだ。
それはそうだろう。自分で言うのも親バカだがめちゃくちゃかわいい。
ルーンの外見はまさにリアン譲りで天使のようだ。
「おかあさん。でもちょうちょがいるの。」
舌足らずだけとお喋りなルーンが止める私に抗議した。
「そっちに行くと怖い人に捕まっちゃうのよ?お母さんと離れ離れは嫌でしょう?」
「……いや。」
可愛そうだけど、市場でウロウロしては危ない。ここは王都から随分離れた砂漠の地だけど
油断はできない。まあ、かわいいから単純に連れ去らされても困るし。私が少し脅すとルーンは大人しく私に抱っこされに来た。
月に一度に開かれる市場で生活用品をそろえる。水を売ると言ってもモーサと私ではそんなに運べないからたくさんお金が入るということは無い。
「リル。そろそろルーンにローブがいるんじゃないのか?誰か雇えばもっと儲かるってのに……。家だってもうちょっとましなところに移らないとルーンがかわいそうじゃないか。」
「……そうなんだけど。ローブは使わなくなった私のを繕いなおすわ。食料品の方が必要だもの。」
モーサは不満げに私を見る。逃亡中だと話してあったので最初のころはモーサも警戒して言わなかったが、最近ではしきりにもっと儲けてルーンの為に家を買おうとか言ってくるようになった。私は生活できればいいんだけど。やっぱりこのままだとルーンが可愛そうなのかしらね。
透き通った肌に金色の髪。整った顔立ちに大きな瞳。
なにもかもがリアンを彷彿させる。
リアンの消息は掴みたくてもつかめない状態だった。
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「リル、これは?」
「あ、それは!」
バザールから洞窟に帰ってくるとルーンのローブを作ろうと逃げていたときに来ていたローブを広げた。するとポケットから音を立ててサテアン王子からもらった首飾りが出てくる。しまった!こういうの、モーサが目ざといから隠してたのに忘れてた。
「あの子の父親の形見かなんかかい?」
案の定目を輝かせてモーサが詰め寄ってきた。
「ううん。違う。……その、無理やり渡されたというか……。」
「あんたも隅に置けないもんだ!他にも男が居たのかい?」
「そんなんじゃありません!」
「ふうん。これはつけ外しが出来ないネックレスだ。一生の愛を誓うってやつだよ。あんたも隅に置けないもんだね。」
ニヤニヤしたモーサがネックレスを見ようと体をかがめるのに私は必死になってかばった。
「ふん。他の男からなら売っちまったらいいのに。」
そう、そう言うよね。モーサなら。だから絶対見せたくなかったのよ。
「これは曰くつきなんですよ。売るなんてとんでもないの。見たのも忘れた方がいいのよ。」
「……。」
ネックレスを目の前から隠されたことにムッと来たのだろうモーサは不満げに立ち上がって洞窟の外へ出て行った。
「もおさ……。」
それを見て聡いルーンが慰めるように追いかけて行った。う~ん天性のタラシは遺伝したかも。入り口でとろけるような笑顔になったモーサはルーンを抱き上げていた。
大方泉のところへ行ったのだろう。ルーンのお気に入りの場所なのだから。
ここ三年で意外だったのはモーサの態度だった。明らかに初めは「水」が目的だったのに最近はルーンに絆されて今やルーンの第二の母になりつつあった。いや、甘やかし隊の隊長?なんともルーンの事となると神経痛が酷い日だってルーンを水浴びさせるためだけに泉まで抱っこしてしまうのだ。自分で取り上げると愛情も湧くのかしら。でもルーンも……うまいからなぁ。
チクチクと針を進めてルーン用にローブを繕う。モーサにルーンを預けてリアンを探しに行けるだろうか。でも……。そもそも私はまだ探されているのかな。リアンだってもしかしたらセイセイしてるかもしれない。
「痛ッ。」
考え事していたら指に針を突いてしまった。赤い玉が見る見る大きくなっていった。
私が指を口に含んだときに焦ったモーサの声が飛び込んできた。