引き裂かれた末は1
お久しぶりです。
二日経った。
もう、兵士たちは諦めただろうか……。
リアンが無事か確かめたい。
でも、見つかったら今度はルーンの命を犠牲にしてしまう。
恐る恐る、外へと出てみる。
ここで、枝踏んでパキっとかは避けたいわ。あり得るから笑えない。
慎重に足を踏み出して辺りを確認する。月明かりしか頼りはないけれど十分外が伺えた。
……まだ見張りが付いてるわ。これじゃあリアンの無事どころじゃない。
どうしようか。
そう思ったとき、私の目にほろ馬車が入ってきた。
++++
ガタンゴトン
馬車が揺れる。
荷台の荷物入れの中に隠れた私は息を潜めた。
まさか、探している女が自分たちの馬車に乗り込んでいるなんて思っていないだろう。とにかく、あの場所に長くいるのは不可能だし、ルーンを守るためだったらなんだってするつもり。途中、水を求めに馬車が止まったことを良いことに私は静かに荷台から降りた。昼間は熱いので岩陰で休んで夜になるのを待つ。
レメ様
お願い。
ルーンを守ってください。
リアン
どうか
無事でいて。
私は頭の中で繰り返した。
それから4日間、孤独と不安ですくんだ足を前に出して少しでも王都から遠く、リアンの村から離れるために歩いた。
5日目の夜、冷たい空気が私の頬を撫で続けた時、どうしようもなくお腹が痛くなって来てしまった。
うずくまって、体を丸めることしかできない。少し歩いて、休む。
出産にはまだ早い。
間隔を置いていた痛みはどんどん短い周期で私を苦しめた。でも、せめて岩の陰に移動しないと。
リアン、
怖い。
怖いよう。
ようやく、岩肌を背中に感じながらずるずると私はしゃがみこんだ。あまりの痛さに意識が朦朧としてくる中、月明かりだけが私を優しく照らしていた。
*****
ちゃぷん
水音がして私の額を誰かが冷たい布で拭ってくれていた。
「気が付いたかい?」
しゃがれた声で覗き込んできたのは占い師のようなお婆さんだった。
「る、ルーン! わ、私の赤ちゃんは!?」
起き上がろうとする私の肩を押さえてお婆さんが私のお腹に目をやった。
「無事だよ。じゃが、こんな体で無理しちゃいかん。お前さんもお腹の子も死んでもおかしくなかった。」
その言葉を聞いた私に涙があふれてきた。ごめんね、ごめんねルーン。無理させて。
「砂漠を渡ってきたのかい?……訳ありなんだろう?」
ぶっきらぼうにお婆さんは私に言った。気づけば服も、簡素ながら清潔なものに変えられていた。
「助けてくださったんですね。」
そう言うとお婆さんは黙って外を指差した。私が横たえられている場所はどうやら洞窟のようで、お婆さんが指した先には曇り空が見えていた。
「雨が降ったんだ。こんな砂漠で滅多にないことだろう。……あんた、水の巫女だね。雨雲を追ったらあんたが倒れていたんだ。」
「は……はい。」
「ひと月もすれば赤子も出てくるよ。あたしゃ産婆もやってたから手伝ってやろう。」
「……いいんですか?」
「あんたといれば水には困らんだろう?」
「……。」
怖い顔してるけれど良い人なのかしら……。どっちにしても今は助けてもらうしかないわ。
「わ、私は……リルと言います。訳があって王宮から逃げてきたんです。」
「おおかた王族以外と子供が出来たんだろ。」
「……。ええ。でも、愛してるんです。」
「詳しいのはいいよ。知りたかないしね。匿ってると思われたくはないからそのつもりでいておくれよ。あたしゃ水さえ手に入ればいいんだから。」
「はい…それでも助かります。」
お婆さんはモーサと名乗ってくれた。ぶっきらぼうで親しめるとは言えない雰囲気だけど私やルーンの産着などをどこからか調達してくれた。疲労の為か弱っていた体も1週間ほどで起き上がれるようになった。私をもっとも安心させたのはお腹を蹴るルーンの合図だった。
それから2週間ほど経って私はルーンを出産した。
その日も優しい月明かりが私を照らしていた。