儚く愛しい時間4
村長さんとの話し合いが有ってから数日が経っても私は踏ん切りがつかなかった。
何より一人で子供を生むのには不安があったし、リアンにどう話せばいいのか分からなかったからだ。
「……。」
その日の朝、小屋の扉を開けて私は絶句する。
そこにはウサギが一匹腹を刺されて死んでいた。
ここのところリアンが村長さんに頼まれて少し遠くの用事を引き受けるようになった。リアンは昨夜ここに戻ってきていない。
つまり今朝ここの扉を開けるのは私しかいないと知っての嫌がらせだ。
私がここから出て行くように仕向けているのだろう。その証拠にリアンが出かけると良くないことが起きる。この前は畑が荒らされ、その前は洗濯物をズタズタに裂かれてしまった。村の人の仕業なのかな……。
ただのウサギなら「ラッキ~」とばかりウサギ汁にでもしてリアンとウハウハ食べるところだけど……
妊娠してるウサギはいくらなんでも食べたくない。
こうなっては脅しとしか取れない。
リアンに話したらどうなるだろう……
この村に守ってもらえてあんなに喜んでいたのに。裏切られた気持ちになるのかしら。
せっかく受け止めてくれる場所があるのに手放すようなことはさせてはいけないよね。……わたしはいずれリアンの元を離れないといけない身だし。
「ごめんね。埋めてあげることしかできない。」
小屋の裏に穴を掘ってウサギを丁寧に置いた。なんとなく私の身代わりになったのだと思うとスコップを使わず、手で土をかけることにした。
子供を産むまでここで頑張れるのかな……。
ズシリと重い気持ちで土に埋まっていくウサギの親子を眺めた。
++++++
その日もリアンは頼まれた仕事をこなしに朝早く小屋を出た。
「じゃ、シリル。ルーン、行ってきます。小屋から出ちゃだめだよ!なるべく早くに戻ってくるからね。」
ふわりと抱きしめてリアンのキスが頭に落ちる。リアンがするお出かけの儀式。
「リアン……。」
「何?」
リアンに言った方がいいのかな。
「シリルがかわいくて行きたくなくなっちゃったな。」
「ええ!?だ、ダメよ!……行ってらっしゃい!」
「ふふ。そうだね、僕を信頼して村長が仕事を任せてくれているんだもの。誠意には答えないと。」
リアンの笑顔が眩しくってわたしは言葉がでなかった。
全部話したら一緒に村を出るっていうかな。せめてリアンだけでもそばに居てくれたら……。
考えて、首を振る。でも……。とても決断できそうにもなかった。
+++++
リアンには内緒にしていたが私は森に秘密の泉を作りつつあった。たまたま上手い具合に水源が有り、ルーンが生まれたら浸からせてやりたいと思っていた。スコップで少しづつ水たまりを大きくしてる。リアンに小屋から出ることは禁止されているので見つかったら怒られるだろうけど。
もう少しで人が浸かれるくらいになるかしら。
これを知ったらリアンが何ていうかな。
この泉に「リアンに愛をささげる」って立札をつけようかしら。……しないけどね。
でも、リアンの泉って小石で書いておくの。水源が有ればリアンは一生困らないわ。
あまり長く小屋を離れることはしないので作業を終わらせて小屋の方へ向かった。
住み慣れた屋根が見えてきたとき、なんだかいつもと様子が違った。
あれは?
その黒い人影を岩の陰に隠れて見ると私は青ざめた。
灰色のターバンは王宮の兵士のものだ。
ここが見つかったの!?
息を潜めていると声が風に乗って聞こえた。
「女はどこだ?」
「け、今朝までここに居たんです!」
「……どこにも見当たらないぞ?」
「た、確かにいたんです!」
「近くを探せ!……もちろん、村中探させてもらうぞ!」
今の声はコレットさん?……今日はリアンは隣村に行ってるから大丈夫なのよね?
でも、コレットさんが役人を小屋に案内したって感じだった。……私は……売られたんだわ。
どうしよう。
こんなことならルーンの用意を持って早々に村を出れば良かった。
……ルーンの産着は床の横穴に隠してあったんだけど、見つかったかしら……。子供が出来ていることがサテアン王子に知られてはいけない。
「その女の瞳の色は薄い赤色だったんだろうな?」
「はい、そうです。」
「男が一緒だったろう?」
「いいえ。彼女ひとりでここに勝手に住み着いていたんです!」
「ふむ。」
どうやらコレットさんは私だけ王宮に引き渡すつもりだったようだ。……その方がいい。彼女はリアンを愛しているのだ。リアンの悪いようにはしないだろう。
今見つかるとまずいわ。
その岩場の奥には隠し扉が作ってあって、人ひとり分隠れるようにしてあった。リアンに内緒で小屋の外に出ていた私のせめてもの防御策だ。私も捨てたもんじゃないわよね。ここには非常食も少しおいている。2、3日大人しくしていれば兵士も諦めるだろう。
取り敢えず、目を瞑り私は気持ちを落ち着かせた。
どうか
どうかリアンが無事で有りますように。