儚く愛しい時間2
軽くウェーブした髪を背中の真ん中で赤い水玉のかわいい布で縛っているその人は睨んでいる姿もかわいい女の子だった。
モヤモヤしたものが私の中で広がる。
この人は王宮がどんなに恐ろしい所か知っているのだろうか。なんだか皮肉の一つでも言ってやりたい気分だわ。牢屋の中に居たリアンを思い出すと今でも身震いする。
私の目の前には「幸せそうなお嬢さん」。飢えも他人に蔑まれて暮らすことも何も知らない幸せな人種……。
ねえリアン。私は馬鹿みたいに嫉妬してるの。こんなことであなたを手放すことができるかしら。
「ねえ、聞いてんの?」
「え?ええ。」
「リアンはこの村の者だけどあんたは部外者。早く出て行ってほしいわ。」
「……。」
いつもはリアンのそばに居てもこんなに面と向かって敵意を示されることは無かった。腐っても……水の巫女だもの。でも、今は違う。ちょっとふっくらめの地味な女。笑っちゃうわ。いつの間にか水の巫女を私からとったら何にもないの。あんなに家族のところに帰りたいと学園に入れられたころは毎日思っていたのに。……でもさ、妊娠中の私を追い出そうなんて酷すぎて涙もでないわよ。
「子供を産みたいの。それまでは我慢して。」
「!!どうやって取り入ったか知らないけどリアンもいい迷惑だわ。子供を盾にリアンを束縛するなんてなんて薄汚い女なの!」
「コレット!そこで何してるの。」
凄い剣幕で捲し立てていたコレットさんの後ろから冷えた声が聞こえた。
「……り、リアン。」
「いくら幼馴染の君でもリルを傷つけたら許さないよ。」
ここにきて、リアンは私の名前を出さない等に気を配っている。表向きには「リル」と名乗らせているのはリアンの警戒心からだろう。
「でも……。」
「言い訳は聞かない。僕がリルを束縛しているんだ。リルが、じゃない。僕から彼女を取り上げるようなことをしたら許さない。」
その言葉を聞いてコレットさんは青ざめた顔で走って行ってしまった。噛んでいた唇は震えていた。
「……ごめん。」
「いいのよ、リアン。私は平気。貴方を独占しているからやっかまれて当然だわ。」
「シリルは僕を束縛してくれていいんだ。君だけが僕の女神だから。」
「私の事で他の人たちと気まずくなっては大変だわ。私は大丈夫だから。」
そんなことホントに思ってる?
うそ。
本当はリアンが来てくれて、私を必要だと言ってくれて舞い上がるほど嬉しく思ってるくせに。正直責任とってリアンは私のそばに居るのよ。でも、それがなんだっていうの?大好きな人と一緒に居られるならそれでいいわ。今だけリアンを独占させてよ。リアンにもらった宝物が無事に生まれたらリアンを解放するから……。
「リアン……。」
私は黙って両手を広げた。
それに気づいたリアンが私をそっと抱きしめる。……まるで壊れ物を扱うように。
「ごめん……。」
リアンは時々こうやって私に謝る。それがどういう意味なのか考えたくはない。
私のこと、あの三日間以外触れようとしたこと無いよね。
キスさえ唇に貰ってない。
自分の罪を考えたら求めるなんてできない。でもこうして抱きしめてもらうくらいは許してもらえるよね?
*****
数か月経つと私のお腹のふくらみはようやく目立つようになってきた。胎動が感じれるようになると自分が母になるという感覚がしっかりと持てるようになる。
「あ、蹴った……。」
夜、ふっくらしたお腹を触ると隣で寝ていたリアンが体を起こした。
「触ってもいい?」
「ふふ。いいよ。」
優しくお腹に手を当てたリアンがジッとそこに集中しているとお腹の子が知ってかそこを蹴り上げたようだ。
「元気がいいね。どんな名前が良いかな。ロイ……リィエンカ……ガイとか強そうでいいかも……。」
「……気が早いのね、リアン。それに男の子の名前ばっかり。」
「だって、シリル……。あ、また蹴った。」
「元気がいいわ。そうね、男の子かも。」
「……シリル。」
「なあに?」
「ありがとう。」
リアンの目はとっても優しかった。謝られるより心地良い言葉だわ。
リアンの子供を授けてくれてありがとう。わたし、とっても幸せよ。
少し上の空のリアンを見つめているとリアンが私のお腹に手を置いたまま天井に向かってつぶやいた。
「ルーン……。」
「え?」
「ルーンにしない?星の神様の名前。素敵でしょ?水の巫女の君がお星さまを産むんだ。」
「いいわ。そうしましょ。……リアン、ありがとう。」
その日からリアンと私は「ルーン」とお腹の子に呼びかけるようになった。