それぞれの思い(王宮)6
鍵を拾いながらユアロを睨んでいるサテアン様を見上げる。
なんでこんなことに?全然わかんないんだけど。
う~ん。敬語はやめて下さいと自分は敬語をやめないユアロに言われてから馴れ馴れしく砕けた口調になっていたから私の方がサテアン様に怒られても可笑しくないけれど。自分の立場をわきまえろって。
「落ち着いてください。サテアン様。」
もう一発殴らないと気が済まない的な感じのサテアン様に声をかける。騒ぎになるのはよくないでしょう?傍から見たら私を取り合う二人の男の図よ!あ、ありえなさすぎる。
「ユアロと抱き合っていたように見えたが?」
え!?そこ?……ユアロが取られたって思ったのかしら?もしかしてサテアン様ってさっきサヌウ様が言ってた感じなの?い、いやいや……フォンティーナお姉ちゃんがいるし。でもここでキスしてましたなんて言ったら首でもはねられそうな空気が漂ってませんか?間違いなく……。
「いえ、わ、私の額のスカーフがずれたのを直して下さっていたんです。」
「……。ユアロに敬語はいらない。シリルは私の妻になるのだから。」
「は、はあ。」
あれ?知らないうちに呼び捨てになってる。まあ「お前」よりはましですが。なんだかちょっとサテアン様のご機嫌が良くなったみたい。この人たちなんだかよくわからないや。
「身に着けてくれているのだな。」
サテアン王子が私の首のネックレスに触れてそう言った。そりゃ、外せないんですもの。当たり前ですよ。犬でも飼っているつもりなのかしらね。ふ~。
「ユアロ、誤解される行動は避けるんだな。」
「……。はい。申し訳ございません。」
誤解されるも何も私にキスしたんですよ!ネチネチと!サヌウ様とご婦人方から私をごまかす為だけにね!……まあ、これ以上サテアン様に殴られたりしたら可哀そうだから黙ってて差し上げます。
「シリル。行こうか。」
そう言うとサテアン王子は私の前をさっさと歩いて行った。ちょっとくらい鍵を拾うのを手伝ってあげてもいいと思うんだけど。まあ、王子様が拾ったりしないか。
「ありがとうございます。シリル様。私に構わず行ってください。」
数本拾った鍵を手渡すと口の端を切っているユアロが私にお礼を言った。
……子犬みたいに上目づかいで言われるとさっき懐に入れた一本の罪悪感が込み上げてきちゃうじゃない。もちろん返す気はないんだけれど。
私はサテアン王子の後ろを何とかついて行って明後日の説明を受けた。正直どのタイミングで入れ替わるのかハッキリ聞きたいところだったけれどさっきのサテアン王子を思い浮かべると秘密をしゃべったとフォンティーナお姉ちゃんが責められたりしたら大変だと口をつぐんだ。だって、怖いんだもの。
「……緊張しなくていい。私が傍にいる。」
サテアン王子がそう言ってくれたのは私がこわばっていたせいで。
でも緊張ではなくてあなたが怖いからです……とは言える筈もなかった。
*****
式の前日、フォンティーナお姉ちゃんが打ち合わせにやってきた。いよいよお姉ちゃんは晴れて好きな人と一緒になれるんだね。なんだかうれしそうだ。
私も窮屈なここでの生活からやっと解放される。一時間も馬で走ればこことは比べようもない貧しい生活をした人々がいる。皆、水に飢えて。なのに宮殿では当たり前のように毎日湯浴みし、食べきれないほどの贅沢な料理が毎食並ぶ。……こんなのは間違っていると思う。
「明日は慎重にね、シリル。大丈夫。私たちベールをかぶれば背丈は似ているからバレないわ。」
ゆったりしたドレスだしね。これが体の線が出ようものなら一発でバレそうです。
「え、と。控室に入ったらフォンに忘れ物を取ってきてもらうように言ってその時入れ替わればいいのよね。」
「式の時間ぎりぎりでなくてはいけないわ。そこを忘れないで。馬車は北の一番奥の門の外よ。誰かに待たせておきたいけれど計画がバレては困るからシリルが手綱を取らなくてはいけないわ。大丈夫よね?」
「もちろん。」
自信満々に答えるとフォンティーナお姉ちゃんが薄く笑った。
私はギリギリまでリアンのお母さんに会いに北の塔に行くことを言うかどうか迷った。でも、きっと話したら止められてしまう。私の懐にある鍵には「北」と印が打ってあった。ユアロも無くしたと思って必死だったから間違いないだろう。きっと私の手に鍵があるのは私はこうすべきなのだからだ。その後門から出て逃げるのだからフォンティーナお姉ちゃんにだって迷惑はかからない。
侍女の服を忍ばせながら私はリアンのことを考えていた。
あの笑顔が見られればもう、それで吹っ切ろう。
そう、思って。