それぞれの思い(王宮)5
サテアン王子がくれたネックレスはどうにもこうにも外れなかった。
「どうなってるのかしら。」
「鎖を切るしか外せないようですね。」
フォンが諦めたように手を止めて私の顔を窺った。
「サテアン様のプレゼントなら喜んでお付けください。」
「……。」
はあ。何のつもりかしら。まるで首輪のようだわ。
「別にもらっておいてもいいのではないですか?」
フォンが珍しくそう進言する。まあ、要するにそんなに価値があるものにも見えないのだ。
確かにフォンティーナお姉ちゃんがサテアン様から頂いている豪華なネックレスとは見栄えも違う。……その本人を表しているかのように。
なんだか見せしめのようだわ。……ホントにそうだったりして。フォンがこれを見て鼻で笑ったのも無理はない。
まあ、いいわ。来週の今頃はどうせこの宮殿には居ないだろうし、お金に困ったら換金しようっと。
「ここが、赤くなってますが軟膏でも塗っておきますか?」
フォンが首筋を指で軽く押した。私の体がびくりと震える。
だって、そこは昨日王子がキスした場所で……。
フォンにバレたら恐ろしいことになりそうよ。最近はフォンティーナお姉ちゃんが毎日来るから私へのアタリが弱くなってきたって言うのに……。
「そ、その、昨晩虫に噛まれたみたいで痒くって!」
「そのようですね。レムの実の軟膏を後でお持ちします。」
相変わらず冷たく言い放ってフォンは行ってしまった。でも、普通に会話できているだけえらく進歩した。ここに来た当初は嫌がらせを見て見ぬふりして楽しんでいたように見えたのに。まあ、リリアは相変わらずなんだけども。
フォンはサテアン王子の乳母だった人らしい。リリアの話によればフォンはサテアン王子を命よりも大事にしているんだって。なんとなくそんなことを考えながらフォンの背中を見つめているとフォンが立ち止まった。あれ、なんか見てたのバレた!?
「あなたは……。」
「へ!?」
「不思議な娘ですね。」
「?……はあ。」
フォンは振り返りもせずにそんなことを言った。私は言われた意味を理解しないまま、扉に消えていく背中を目で追うことしかできなかった。
*****
「最終のチェックをしますので式場の方へ足をお運びください。」
昼からユアロが来て私を明後日に控えた結婚式の打ち合わせに駆りだした。部屋から出して貰えたのは初めて。でも、なんで侍女の服なんか着せるんだろう。不思議そうにしている私を見てユアロが少し笑った。……笑ったな!
「すいません。そんな恰好で。貴方は狙われているんですよ。結婚後はサテアン様が始終お慕いしてお守りするでしょうが今はそうはいきません。貴方が第一夫人だとばれたら大変ですから。」
……たしかに、女の嫉妬は怖いって言うし。特に後宮は怖いって聞いているから。いじめに合わないためにユアロも気を使ってくれたのね。ま、ドレスよりもこっちの方が性に合ってるけど……。当然私の額は思い切りスカーフを巻いてるので「レメの祝福」も見えない。……これ、逃げる時に役に立ちそうだわ。後で衣装ごととっておこう。とはいえ、ここにきて初めて部屋から出して貰えたわ。ユアロがめちゃんこ腕を絡ませてきて逃げれないけど。なんだか密着しすぎて歩きにくいよ。
「ユアロ……ちょっとくっつき過ぎじゃない?逃げないからもう少し離れてくれないかな……変に思われるよ?」
「頬を染めるあなたも実にかわいらしいですね。こんなにかわいらしいなら私が貴方を迎えに行けばよかった。」
「え、と、それは……。」
「言葉の意味どおりですよ。私も薄いとはいえ王族の血が流れていますから。」
いったい何を考えているのかさっぱりわからないユアロは前を向いたままそう言った。……じょ、冗談だよね。ははは。冗談にきまってるよ。
……き、気まずい。なんでこの人は気まずい話をわざわざするんだ。そんな事を思っていると急に腕を引かれて細い通路へ押し込まれた。
「な、なんですか?」
「シッ。」
コツコツと複数の足音が聞こえた。誰かこっちにやってくるみたい。サテアン様の親衛隊のお姉さまならゾッとしないわ。
すると、その方向を見て舌打ちしたユアロが私に向き直り、少しニヤリと笑った。
「これくらいの役得はあっても罰は当たりませんよね?」
「へっ?」
ユアロはそういってその唇で私の唇を塞いだ。ム、ムグ~!!!!
な、ななななななななななんで!?
湿ったユアロの柔らかい唇からヌメヌメとしたものが迫ってくる。
ぜ、絶対口なんか開けないぞ!
精一杯の抵抗をしている私の歯列を丁寧にユアロがなぞる。
なんかめっちゃ悩ましい顔してるどあっぷがぁ!
どんなにもがいてもがっちりと頭を抱えたユアロは私を離さず口づけを続行した。その声を聞くまでは。
私にはちょっとした救いの声に聞こえたけど。
「おや、まあ。こんなところでユアロともあろうものが侍女を垂らし込んでいるのかい?あんまりサテアンとばかりつるんでいるから男色好みかとみんなが噂していたのは嘘だったみたいだね?」
その声に私はユアロの胸元に抱え込まれて顔を上げることも出来なかった。
「これは、サヌウ様。私の秘密の恋人があまりにかわいらしくて我慢できなかったのですよ。御見苦しい所をお見せしました。……どうぞお忘れください。」
「ふうん。驚いた。お前をそんなに狂わすほどの女なら見せてみろ。」
「……ご冗談を。色めきだった恋人を見せるほど私は迂闊ではありませんよ。」
「サヌウ様、ユアロなどほおっておいて下さい。はやく、参りましょう。」
「そうですわ。ネムも明後日の衣装をサヌウ様に見ていただきたいの。」
「ネム。サヌウ様はお忙しいのよ!」
「ティアラ様、サヌウ様は今日はネムの所へ参られる日なのですよ!」
「これ!止めぬか!見苦しい!」
「「……すいません。」」
「ユアロ、サテアンの第一夫人は噂の水の巫女なのだろう?なんでも式も挙げぬうちに毎夜通っているらしいじゃないか。未だに私に隠すとはよほど大切にしたいらしいな。」
「……そうですね。大切にされていますよ。」
「明後日が楽しみだ。じゃあな。」
……ティアラ様ってたしか絶世の美女って言われてた第一王子の名誉ある第一夫人の水の巫女……ってことは……
「第一王子のサヌウ様?」
「しっ。黙らないとまたそのかわいい唇を塞ぎますよ。私はそれでもかまいませんが。」
ユアロが言うと冗談にならない……。今のを避けるためにキスしたんでしょ?安そうに見えてるでしょうが好きな人と以外はお断りなんだから!
「もう、行っちゃってんだから、体どけてよ、ユアロ……。」
「私のキスでは不服でしたか?」
「私はその場の勢いだけでキスはしたくないのよ。いくら私がお笑い担当でも今のは許しがたいよ。」
「おや。愛情込めてさせていただいたのに、足りなかったですか?」
なにが?
そう思って首をかしげていると昨晩聞いた声が聞こえた。
「ユアロ、体を離せ。」
途端にユアロの体が少し硬直して私を解放した。
「サテアン様。こちらまでお迎えに来られたのですか?」
「……。何をしていた。」
「いま、サヌウ様が……。」
「俺の巫女になにをしていたって言ってるんだ!」
ドシンと肩を掴まれたユアロが壁に押し付けられた。サテアン王子はなぜか猛烈に怒ってる。
今にも殴りかかりそうなのはなぜ???
ガツン!
「きゃあ!」
思わず自分らしからぬ声が上がっちゃった!だってユアロが殴られて廊下の向こう側に吹っ飛んだんだもん!床に滑りながらユアロの後方でカランカランとすごい音がした。
ユアロが倒れた先には数十本の鍵もぶちまけられていた。殴られた弾みで持っていた鍵の束が外れてしまったのだろう。殴ったサテアン王子は冷たくユアロを見下ろしている。
「あ……。」
私の足元に他のとは明らかに違う使い古された鍵が転がっていた。
「大変、拾います。」
私はほかの鍵を拾い集めながらそのカギだけをそっと懐に入れた。