それぞれの思い(王宮)4
柔らかい湿り気が肌に吸い付いて離れる。
その感触に私がギュッと閉じ込めていた記憶が噴出してきてしまう。
僕のシリル……
愛してる……
「嫌!やめて!」
私はサテアン王子を両手で思い切り突き飛ばした。心臓がバクバクいってる。嫌だ。この人は違う。違う……。
サテアン王子が私を怒っても仕方ないことをした。いくら水の巫女であろうとも王子に手を挙げるなんて。でも、サテアン王子は少し驚いた顔をしたが怒っていないようだった。
「……今夜はもう帰ろう。」
そう言うとサテアン王子はポンと私の頭に手を置いてから扉の向こうに消えて行った。
私はネックレスを引きちぎりたい衝動に駆られた。だって、王子が悪いんだもの。忘れたい。忘れたいのに……。
……
……
リアン……
もう出やしないと思っていた涙が溢れてくる。
本当に私のことちょっとも好きになってくれてなかったの?あんなに優しかったのに?
旅の途中、足をくじいたら飛んできて背中に負ぶってくれたじゃない。
食べ物だっていつも知らないうちに調達してくれた。
野宿の時は一晩中見守ってくれてたのも知ってる。
いつだって……私のこと好きだって……
僕の女神だって……
あんなに優しい目でいつも私のそばにいてくれていたんだもん。好きにならない理由の方がわからないよ。任務の為ってそんなに割り切れるものなの?せめて、嫌いじゃなかったよね……。
リアン……
リアン!!
……その夜は明け方まで泣いて……いつの間にか眠っていた。
******
「シリル、どうしたの?酷い顔よ!?」
今日も輝くばかりに美しいフォンテーナお姉ちゃんが私の顔を見てそういう。
うん、私もさっき鏡を見た時ゾンビに見えたから、もう突っ込まないで。結局私はリアンのことを大いに引きずってるの。好きで仕方ないの。水の巫女を捨てても良いと思って抱かれたんだもん……それくらい好き。あの三日間はめちゃくちゃ幸せだったの……あの時だけはこんな私でもリアンを独り占めできた。誰一人望んでないけど、私、リアンの赤ちゃんだったら授かっても構わない。
「フォンティーナお姉ちゃん……。」
どうしよう。
わたし、どうしたらいいんだろう。
初めから無理だってわかってたから……思い出だけで十分だと思ってた。
だけど、リアンはそれ以上のものを私に残した。まるで本当に愛されているみたいな心地。考える間もなく幸せな快楽の波に何度も飲まれた私。
リアンは手慣れていたし、仕事と割り切っていたのだろうと頭では分かっていてもどうしようもない。今はリアンに一目会いたくて仕方ない。
本当にもう、私にちっとも興味が無い?
「シリル?」
「わ、わたし……リアンを愛してるの。」
「シリル!あなた……。」
「忘れたいのに……。無理みたい。」
「リアンは奴隷なのよ?あなたとのことだって……。」
「わかってる。わかってるの。でも……。せめて遠くからでも見れないかな?」
他の女の人といたりして幸せそうだったら……嫌だけど……超嫌だけど、諦められるかもしれない。いっそのこと鼻で笑ってくれたらいいのよ。「鏡を見てみろよ。」って。そうしたら私、やっぱりそうかって……そうかって……。ぐすっ。
「……はあ。」
私の様子を見てフォンテーナお姉ちゃんが深いため息を吐いた。
「シリル。リアンの詳しい居場所はユアロしか知らないわ。でも、王のお気に入りの奴隷の居場所なら聞いたことがある……リアンのお母様よ。北の塔のてっぺんに閉じ込められているって話だわ。」
「……。リアンのお母様……。キタの塔にはどうやってはいれるの?」
「ユアロが警備を任されているはずだから彼がカギを持っているのは確かだけど……手に入れることは難しいでしょうね。それに彼にリアンのことをまだ思っていると知られたら、リアンは無事でいられないかもしれないわ。結婚式の相手をあなただと思っている彼は不貞は許さないでしょうから。」
「……。」
不貞推奨で私を連れてきたくせに。
「私が言ったことは内緒よ。ごめんね。シリルに教えてあげれることはそれしかないわ。」
「ううん。ありがとうお姉ちゃん。ごめんね、お姉ちゃんだって大変な時に。」
「忘れて、遠くに行くことが一番よ。シリル。お金も用意してあげる。真っ先に王都を離れて東に向かうのよ。馬車も手配済みだから。」
「うん。有難う。」
遠くへいったらリアンを忘れることができるのかな。
この時は北の塔に行くことをすぐ諦めていた。
だってあんなに簡単に鍵が手に入るなんて思っていなかったから。