それぞれの思い(王宮)3
真実を知った次の日からフォンティーナお姉ちゃんは毎日部屋を訪れてくれた。
お姉ちゃんが来る日はティーセットが用意され、お姉ちゃんの手によって私の口にお菓子が詰め込まれた。元気にならなくちゃダメだというその言葉に励まされて数週間が過ぎた。フォンはお姉ちゃんを気に入っている様子でお姉ちゃんが来るようになってイソイソと働いた。
「随分顔色が良くなって安心したわ。シリルはこうでなくっちゃ。……ねえ。サテアン様はあなただけを妻にするつもりなの。他の巫女はサテアン様の後宮へは入れないそうよ。」
私のほっぺたを軽く指で押してから少し元気になってきた私にお姉ちゃんはそんなことを言った。ビックリしてカップを落としそうになったよ!お姉ちゃん!
「う、嘘。」
ユアロだけは他の人と違ってサテアン様には私だけだと言うけど、当のサテアン様が私の所に訪れることはここにきてまだ一度だってない。本当に私が必要ならそんな事ありえないと思うのよね。侍女たちの噂話によるとサテアン様は毎夜フォンティーナお姉ちゃんの所に通っているということだし。だから、私はそのうちいらなくなってポイってされるのよ?私だけってありえないわ。
「嘘じゃないわ。婚儀はあなたとだけ行われるのよ。」
「だって……。」
私みたいな見てくれの水の巫女を第一夫人にするなんて本当に頭がおかしいとしか思えないのに他の巫女を後宮に入れないっておかしいよ。まして、私はサテアン様の指図だったとしてもキズものよ?き・ず・モ・の。ユアロがどうして私のことを特別視するのかわからないけれどサテアン様もフォンティーナお姉ちゃんが好きなら私にかまう必要などないのに。
「種明かししましょうか?……実は婚儀の最中にあなたと私が入れ替わる計画なの。」
「え?」
「サテアン様は末っ子の五番目で他の王子様たちと違って見た目も違うでしょ?だから、公にされていないけれど他の王子様から疎まれているの。それに頭だってずば抜けて賢いし、本当はどの王子よりも次の王にふさわしいって噂されているわ。だから当然妬まれていて、私を妻にすると公表したら邪魔が入るの。」
ここで、鈍い私にも話がやっと分かってきた。
つまり、サテアン様はフォンティーナお姉ちゃんが好きだけど、学園でも名高かったお姉ちゃんが嫁ぐとすると上の王子たちが邪魔をして……例えば自分の妻にと言ったりする可能性があるということだ。その点見てくれの悪い私のような巫女なら鼻で笑われて、お似合いだとなんの障害もなく娶れる。最初に後宮入りの話しが有ったときお姉ちゃんは私を第二夫人にって言ったんだ。だから、きっと何かあったに違いない。
「私は愛人でもサテアン様のそばにいれればいいって言ったのだけど。」
「そんな!お姉ちゃんこそ第一夫人にふさわしいのに!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。」
それに、私はサテアン様の妻になりたいわけじゃない。どうにかここから逃げ出したいのだもの。
「喜んで協力するよ!」
そう言うとフォンティーナお姉ちゃんは泣きそうな顔で微笑んで
「ありがとう、シリル……。」
私の手を両手で握った。
*****
誰も欲しがらない不細工な子を選んだ……とは言えないからね。
フォンティーナお姉ちゃんの言っていた言葉を思い出しながら「水産み」をして喉を潤す。リアンと結ばれてからは力が溢れるようでこの部屋の空気中の水分ぐらい簡単に液化出来そうだ。
毎日訪れてくれるお姉ちゃんのおかげで少しはショックからも立ち直ってきた。お姉ちゃんをサテアン様の第一夫人に……いや、唯一の妻にするために頑張るって目標も出来たし。結婚式の日にお姉ちゃんと入れ替わり、神前の誓いを上手く済ませれば他の王子にも手が出せない。私も上手く逃げて元の生活に戻るという計画。
その計画実行の日もあと1週間という晩、初めてサテアン王子が私の所を訪れた。
「安心しろ。リアンの子を身ごもっていないかどうかハッキリするまでお前を抱くつもりはない。」
随分はっきりと言う。別に抱く必要もないのに。だって寝ようと思って寝台に横になった途端来るんだもん。後ずさりしても仕方ないと思う。
フォンティーナお姉ちゃんはこの計画は王子と二人で内密に進めていることなので秘密を漏らしたことは内緒にしてほしいと言っていた。つまり、私は知らないふりだ。後で私がショックを受けるのは耐え難いと事前に教えてくれたのだ。まあ、当日にポイっとされるなら知っておいたらショックも少ない。王子は私が味方だと思っていないだろうから知らないふりで通した方がいいんだよね。でも、目的は同じなのに黙っているなんて変な感じ。
「これをお前に。」
無造作にピンク色の紙に包まれたものがこっちに向かって放り投げられた。
私は一瞥して視線をサテアン様に戻す。いくらフォンティーナお姉ちゃんの愛する人だとしても人を使って私が巫女だと確かめたというこの人とは分かり合える気がしない。
「開けないのか?」
少しむっとしてサテアン王子が私を見た。こんな表情もするのね。でも、今更私のご機嫌とってどうするつもりかしら。ふう、とため息を漏らしながらピンクの包みを開けてみる。これがまた変なものだったらぞっとしないわ。そんなこと思いながら出てきたものを指でつまもうとするとサテアン王子がさっと取り上げた。……取り上げるぐらいなら最初から渡さないでほしい。
「つ……っ」
王子の手によって晒されたうなじがスースーする。首筋にひやりとした感触がしたのはサテアン王子が私の首にネックレスを付けたのだ。
王子のプレゼントは私の瞳と同じ色の淡いピンクの石のついたネックレスだった。
……でも一向に髪の毛を上げたまま留め金具をいじっている。サテアン王子って意外と不器用だったのね。
「もう……。」
外して欲しいという言葉は出なかった。
こともあろうかサテアン王子が私の首筋に湿り気を与えたからだ。