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九の末裔 ~春眠~  作者: 日向あおい
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3 ムササビか天狗か

 3 ムササビか天狗か



 三人は、あわただしく夕飯を取ると、すぐさま夢魔退治の準備をすることになった。ゆずると弟が、勝負服、もとい、狩衣に着替え始める。その間に、暇な直久は『べらんだー』を求めてコンビニに行け、という有無を言わさぬ命令が下ったのは致し方なかったかもしれない。弟たちは狩衣に着替えたあと、ご先祖様の加護を得るために、祈りを捧げなくてはならないので、いざ出陣するまでにはだいぶ時間がかかるのだ。

 狩衣とは、平安時代の貴族の普段着で、神社の神主さんを想像するとちょうどいい。二人は、破魔や除霊を行う時、この着物に着替える習慣がある。

 とは言え、なんとかレンジャーやバッタのヒーローたちのように、狩衣姿に変身しないと力が発揮されない、というわけでもない。本人たちの気分らしいが、そのへんは破魔除霊の未経験者である直久には共感できない部分であった。

(ったく……行けばいいんだろう、行けば!)

 一人、心の中でぼやきながら、直久は本家の門扉を引き開けた。ガラガラという音とともに、ひんやりとした外の空気が屋敷の中に入り込んでくる。

「さむっ……」

 直久は、反射的に首をひっこめ、背中を丸めた。

「なんて直ちゃん可愛そうなのかしら。こんなか弱い少年を、寒空の下、お使いに出すなんて! ううん、負けちゃだめよ、頑張れ、直ちゃん!」

 へんなノリで勢いをつけると、直久は、えい、とばかりに玄関の外へと足を踏み出した。

 外は真っ暗闇。風音だけがあたりを包んでいる。

 少し歩くと、淡いライトに照らされ、神社の境内や鳥居がぼんやりと浮き上がっていて、異様な薄気味悪さを漂わせていた。

 直久は、なんとなく生唾を飲み込んだ。

 直久の実家も『先詠(さきよみ)神社』という、わりと大きな神社の敷地内にある。部活で夜遅くなる時は、やはり、人気のない不気味な神社の敷地内を突っ切って帰るわけだから、夜の神社にも、静けさにも、慣れているはずだった。

 だが、やっぱり違う。

朝霧(あさぎり)神社』は別格だった。

 朝霧神社の黒い一の鳥居から続く参道を、3分ほどゆっくり歩くと拝殿へとたどり着く。拝殿の横にゆずるたちの住居があり、先ほどまで三人が埃まみれになっていた書庫は、そのすぐ隣に建てられ、渡り廊下でつながっていた。

 拝殿の奥には、約三百年前に建てられたと伝えられる本殿があり、その本殿の裏手には小高い山があった。この裏山は、一般の拝観者は立ち入り禁止とされたいわゆる禁足地で、直久たち一族の者も、儀式がある時のみ通ることを許された場所である。その禁足地を細い山道に沿って登っていくと、奥宮(おくみや)にたどり着く。境内の入り口には古びた石鳥居と、その鳥居をくぐるものを品定めするかのように守護獣が一体だけ鎮座していた。いわゆる狛犬であるが、今の本殿にいる一対の石像とはその姿が異なり、鋭い目と牙、大きな口を持つ狼の姿をしていた。今にも動きだしそうな、その狼のリアルさに、幼い直久少年は縮みあがる恐怖を感じたものだ。

 そんな、恐ろしい獣が守護する鳥居をくぐると、偉大なるご先祖様『小夜』が造らせたとする、社が出迎えてくれるのである。かつては、一メートル四方の大きさしかないこの社が、本殿とされていたという。

 直久は、詳しいことは知らされていないが、その奥宮には絶対に近づいてはいけない、と幼いころから言い聞かされていた。

 だが、近づくなと言われなくても、近づかない。冗談じゃない。

 広大なこの朝霧神社の敷地には、そこかしこに樹齢何百年という木々が植えられていたから、昼間でも薄暗く、近隣の住宅や道路の喧騒から、完全に隔離した空間を作り上げていた。

 ただでさえ、不気味な空間だというのに、そのさらに奥にある真っ暗闇へと、誰が頼まれたって踏み入るか。

 直久は物心ついたころから、そう思っていた。

 ただ、その奥宮の境内には、直久も一か所だけ心ひかれる場所があった。

 奥宮の小さな社の裏に、一本の大きな木があるのだ。何の木だったか記憶にないが、あとから祖父に聞いた話によると、社と同じころに植えられたものだから、樹齢千年をかるく超えているのだろう。

 その幹や根の雄々しさといったら、直久にはどう表現していいかわからないほどだ。自分の知っているどの言葉も、陳腐で中身のない薄っぺらなものであるような気がして、その木に申し訳ない気もした。

 まるで両手をいっぱいに伸ばしたように枝を広げ、青々とした葉を風に揺らす様を、今もはっきりと思い出すことができた。

 そういえば、最後にあの木を見たのは、何年前のことだっただろうか。

 そして、あの恐ろしい狼の石像と、目が合ったのは――いつだったろうか。

「……」

 直久は、ちらりと奥宮の方向に視線を移したが、すぐに肩をすくめて首をふった。

 いくらその木をもう一度見たいと思っても、奥宮へ行くのは御免こうむる。いや、あり得ない。

 それが直久の正直な気持ちだ。

「それが賢明だ。賢い選択だと俺は思う」

 誰に向けた言葉なのか、突然直久はそう言うと、拝殿の脇から参道に抜け、そのまま大鳥居のところまで足を進めた。

 それにしても静かすぎる境内は、やっぱり心細い。

「寒くたって~、暗くたって~、直ちゃんは平気なの~。だって、男の子だもん!」

 いつの間にか、直久は某アニメの主題歌を、変な替え歌にして口ずさんでいた。


 ほどなく、神社の敷地と、それ以外を隔てる、黒々とした大鳥居の下にたどり着いた。

 なぜか、直久の中に弟の声がこだまする。


『鳥居の内は、結界の張られた安全な場所。一歩でも鳥居から出た瞬間から、僕らはヒトでないものに狙われる、ただの餌になるんだ。覚えておいてよ』


 どうして、今それを思い出したのか分からない。いや、きっと理由なんてないんだろう。

(だって、俺は悪魔や悪霊にだって無視されちゃう、可愛そうな子だからな)

 “無能(タダビト)”な直久を狙い、血肉を喰らったところで、ヤツらには何のメリットもないのだから。

 と、そこまで考えたところで、直久ははたと気が付いた。

(ん、まて? 狙われる方がかわいそうなのか? そうだよな。いちいち鳥居から出るのも命がけ、学校行くのも命がけなんて。うわ、だって良く考えたら……世にも恐ろしい期末テストをだ、妖魔たちから命からがら逃げられたとしても、待ってるのは極悪非道な教師が涼しい顔で作ったテストという名の拷問。さらには、赤点と課題をもらって帰ってくるなんて、俺、絶対たえられないもん)

 心の中で、そう呟くと、ひとりでに笑みがこぼれてきた。

 自分は、妖魔たちにまで見向きもされない、そんな薄い存在なのだと、かつては悩んだりもしたが、今はそうは思わない。

 自分には、“無能”で生まれてきた理由があるのだ。それがまだ分からないだけで。

 分からないことを、今の直久がわかろうとしたところで、きっとその情報は全然足りないのだろう。時が来れば、いずれわかる。その時を、じっと待つ。そう思うことにしたのだ。

 もし、それで理由が分からないまま死んだとしても、それはそれでいいじゃないか。

 悩んでへこんでる時間がもったいない。その間に、何倍も楽しいことをして、笑って過ごした方が、時間の有効利用というものではないだろうか。

(だってな~。コンビニで芳香剤買うのも一苦労とかありえないだろう~)

 そう一人ごちて、直久は鳥居から足を一歩前へ進めた。

 その瞬間だった。


 ――――ほんに、待ちくたびれたわ。


 ぞわぞわっと、悪寒が足元から駆けあがってきて、直久の体がびくっと硬直した。

「…………」

 静寂がさらに、直久を違和感へと誘う。

(今、何か聞こえたよな)

 若い男の声だった。か細いが、でもはっきりと聞こえた。

 恐る恐る首をひねり、左右を確認した。――誰もいない。

 まさか後ろ?

 ゆずるが追ってきたのか?

 ぱっと、体ごと一八〇度回転させる。――誰もいない。

「…………おいおい?」

 まさかな、と直久はそのまま頭上を見上げた。案の定、木々の葉の隙間から月が直久を見下ろしているのが見えた。

「そらそうだ。俺の頭の上を飛んでるとしたら、ムササビか天狗だ」

 一般的には鳥とか、虫、頑張ってもコウモリが、そこに上げられそうだが、ムササビがでてくるあたりが直久である。天狗については、もはやその存在すら危うい。和久が聞いていたら「うちは京都の鞍馬だったのか」などとぼやきそうだ。

(空耳かな……)

 心なしか、一瞬で首が凝った気がする。ついでに、倦怠感に恐怖感は一気に増した。

(なんだ? ……上向いたときに、首でも()ったかな)

 首をさすりながら、直久は心の中でつぶやいた。

 だが、それではこの体中の倦怠感は説明できない。

 まさか……。

 直久の脳裏に、ある雪山の記憶がちらついた。

 以前、ゆずるや和久の依頼を手伝った時に、ニ度ほど、悪霊の声を聞いたことがあったのだ。その時は、自分もついに能力が開花したかと思ったのだ。だが、それ以来ぱったり超常現象もなくなっていた。

 あの時は、強力な悪霊だとか、神様だとか、その手のよくわからない特別な力が(せめ)ぎ合っていて、自分もそれに感化されただけだったのかもしれない。そう思うようになって久しい。――やっぱり自分は“無能”なのだと。

「やめやめ。考えないことにしよう。早いところコンビニいって、芳香剤買わなきゃ。トイレ用でいいよな。色々あるから迷っちゃいそう。だって、ラベンダーの香りなら何でもいいんだろう? いやまて、どれが効くかわかんないし、薬局いって片っ端からラベンダー臭を買ってくるか。よし、店まで走り込みだ!!」

 直久は、完全に頭を切り替え、走り出した。目的地はいつの間にか、本家から歩いて5分のコンビニではなく、走って十分の王手ドラックストアーになっていた。








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