2 猫の手というか
2 猫の手というか
「やっと来たか」
直久は小さくため息をついた。
自宅のリビングにある、直久お気に入りのソファーにごろりと横になりながらテレビを見ている最中に、その視界をちらちらと横切るソレに向かっての一言だった。
「たく、遅いっつーの」
空中に浮きつつ、ヒラヒラとこれ見よがしに往来する白い紙。双子の弟にして、先ほど自分を置き去りにしてどっかに飛んで行った薄情な和久がよこした伝言である。目に見えて、しかも、実体化してしまった、いわば携帯メールみたいなものだろうか。ただし、和久からの送りつけられる一方で、直久から発信することはおろか、返信することもできない。仕方がない、直久は一族唯一の“無能”である。
つまり、これは和久だけではなく一族の能力者ならば、誰もが行える簡単な術で、遠く離れた相手にメッセージを送る時、平安の大昔から使われた方法だそうだ。
常々、直久は、不条理、理不尽、横暴、不公平の代名詞というべき代物だと、抗議してきたが、もちろん能力者どもは取り合ってくれない。
だったら、文明の利器たる『携帯電話』をと、声高に言っても、すでに嫁いだくせにちょくちょく実家に戻ってきては夕飯をかっ喰らって帰っていく実姉に「勝手に持てば?」と切り捨てられる始末。
独りで携帯を持って、誰にメールを送信せよというのだ。電波も受信してくれよ、式神さん、と項垂れるしかない。
直久は、その一方的なメールを掴みとり、まじまじと読み始めた。
――『本家にて待つ』
「……なんか……どっかで見た文章だな……なんだっけ……」
自称、『世紀の逸材の脳』、他称『残念な脳』をフル稼働させて、直久は記憶の糸をたどろうとしたが、まったく手ごたえが、無かったのですぐさま断念する。
深くは考えない。キニシナイ。
彼の最大の長所であり、致命的な短所であった。
「とりあえず、本家だな。あんまし行きたくないけど、まーしょうがない。来いと言われればいきますよ~。ええ、紙切れ一枚で呼びだされても、別に怒ったりしないしぃ。直ちゃんはイケメンだから、全然キニシナーイ」
最後の方は奇妙な節が付いたが、イソイソと自室へ向かい、支度を始める。自分の学習机の上に無造作に置かれていた、くたびれた財布をズボンの後ろポケットに突っ込み、あっという間に自宅を出た。
春先の十八時。
外はすでに真っ暗だ。
まだ肌寒い。上着を着てくればよかった。
(まあいいか。カズが呼んでるから早く行かなきゃね~)
呼んでもらえた。
それが嬉しかった。
置いていかれた時は、またカヤの外かと思った。
“無能”な自分には、何もできない。
いや違う。それでもできることはきっとある。
(なんてったて、俺ってば、イケメンの上に、運動神経バツグンだからなぁ~!)
直久の家から、本家までは、さほど距離はない。車を使えば五分ほどでたどり着くだろう。
だが、直久にとっては、実に長い長い距離に思えた。
一歩一歩、その屋敷が大きくなっていくにつれて、くるりと踵を返したい衝動に駆られる。
なんだか頭まで痛くなってきた。
気分もどんより重苦しいし。来るんじゃなかったと、何度も思った。
(もう大丈夫だと思ったんだけどなぁ……)
やっぱり、この家の敷居は高い。
いや、目に見えない結界が、何重にも施されているのは、子供のころから耳にタコができるほど聞かされてきた。だが、結界なんていらないんじゃないかと思ってしまう。
(こんな陰気な所、誰だって近寄らねぇって)
直久は、心の中でぼやいたが、そういう問題でもない。結界は対ヒトではなく、対妖魔なのだから。
そうこうしている間に、おごそかな神社の前にたどり着いた。
黒漆塗りされた大きな鳥居の前にある石碑には、『朝霧神社』とある。
この神社こそが、直久たち一族の本拠地ともいうべき九堂家が仕える社であった。
だが、神社とあるが祭られているのは神ではない。
一族のみぞ知る、一族の祖先。妖狼がこの神社の主である。
その境内の一角に、住居があった。直久たちが本家と呼ぶ九堂家のお屋敷であり、今まさに直久が攻略すべき場所であった。
門扉を前に、頭はますます重く、痛が激しくなった。それでも、頭を抱えながら、門をくぐり、玄関に手を伸ばした。その時。
「いてっ」
伸ばした指先に、針を突き付けられたような痛みを感じて、反射的に手を引っ込めた。
(なんだ? 静電気か? 冬ならわかるけど、もう春だぞ?)
訝しげに眉をひそめ、首をかしげた。が、数秒後、キノセイだなと、直久はもう一度、手を伸ばした。
――バチンッ。
今度は小さな爆発音が直久を拒んだ。




