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九の末裔 ~春眠~  作者: 日向あおい
23/26

  探しモノは何ですか(2)

 ◇◆



 ゆずるがたどり着いたのは、見覚えのある場所だった。

「ここは……奥宮か」 

 朝霧神社の本堂より、さらに奥にある禁足地。木々で隠された奥宮の境内だ。

「おや、もう追いつかれたか。さすがに早いのう」

 ゆずるは、目の前の“直久”を睨みつける。

「しかし、すぐにこの体は返すと言うたではないか。心配性じゃのう。そんなにこの体が大事かえ?」

 妖魔は、実におかしそうに直久の声で、直久の顔で笑う。だが、不思議なもので、まったく直久に見えない。和久とも違う。同じ顔、同じ声の別人がしゃべっているようにしか思えない。

(どうして妖魔がここに?)

 ますます、直久の体の中にいる妖魔の正体がわからない。また、その意図も皆目見当がつかない。

 だが、ゆずるたちにとっては好都合。

 この奥宮は、ゆずるたち一族の聖地と言うべき場所。力を爆発的に強める触媒であり、霊力を増大させ、あるいは、回復させる機能も持ち合わせる。

 すでにゆずるは、この場にたどり着いた時から、ジワジワと霊力が回復していくのを肌で感じていた。

 とにかく今は、時間を稼いで当主である祖父の到着を待つ。その間に、ゆずる自身も霊力がある程度回復できるはずだ。そう、ゆずるは心を決めた。

「ここに何の用だ」

「そうよのう。探しモノじゃ」

「探しモノ? こんなところにか?」

 ゆずるは眉を寄せる。

 この奥宮は、昔の本堂。つまり、ここには、九堂家の一代目、小夜を祀った社しかない。

 妖魔がこの社に、何を探しに来たと言うのか。

 ゆずる自身、当主の許し無く、この社には近づくなと言われて育ったので、社の中に何が祀られているのか知らされていない。そもそも、何か形あるものが安置されているのだろうか?

「そうじゃ。ずっと探していたのよ。ずっとずっと。――まさかこんな所にあるとは思いもしなんだ」

 妖魔は、社を振り返り、ふわりと笑った。その笑顔に、ゆずるは違和感を覚えた。

(……?)

 その笑顔は、たしかに嬉しそうだった。だが、その目の奥には、明らかにそれとは別の暖かさが含まれている。決して直久が見せることのないその表情に、なぜかゆずるは自分の胸がチクリと痛むのを感じた。

 いったい、何を探しているのだろう。

 そんな優しい笑顔で、切なそうな瞳で――何を手に入れようとしているのだろう。

 ゆずるが生まれて初めて社の中に興味を持った瞬間だった。

 同時に、本当に少しの間だけ、直久の体を借りるだけのつもりだという、妖魔の言葉が嘘ではないような気がしてきた。

 不意に風が吹いて、直久の短髪を揺らす。と、微かな甘い香りがした。直久の中にいる妖魔が放つ霊力の香りだ。

 何かがゆずるの記憶の断片に引っかかる。

(この香り……)

 おそらく花の香りだ。そして、以前どこかで“感じた”ことがある。

「お前……どっかで?」

「ふふふ」

 妖魔は、いよいよ面白くなってきたというように、笑って見せた。

「そなたたちから、小夜の臭いがした。だから、あの時、この者にちょいと細工をしておいたのよ。そうしておいて、春が来るのを待った」

(あの時? ――やはり、一度、出会ったことがある妖魔か?)

 ゆずるは必死に記憶をたどる。

「やっと春が来たと、喜び勇んでこの者の気配を追ってここまで来たはものの、この地には強力な結界が張ってあってのう。入ることは愚か、触ることもできなんだ」

「……それで直を憑代(よりしろ)に」

「そうじゃ。この者は結界の中に入れる。だが、隙だらけじゃ。実に、使いやすい」

 クックックと笑い声をたて、妖魔は続けた。

「だがのう、こやつには、いつもいつも弟が目を光らせ、実に巧く“守って”おるでのう。一人になるのを、ずっと待っておった」

「そうしたら、運よく、直は意識を失ったまま、俺に結界の中へと運ばれてきた。何も知らない俺たちは、直の体を治癒した。回復した直の体を、お前がまんまと乗っ取ったというわけか」

 言いながらゆずるは、思案する。

 冬の間は息をひそめ。

 春に力が回復するのを待って、ことを起こした。

 自分を含め、一族に気づかれることなく、やり過ごせるほどの力をもった妖魔。

 さらに、妖魔は“あの時”と言った。

 直久が自分と一緒にいた時に、出会った妖魔。

 自分が直久と一緒に行動することは、ほとんどない。すぐに思い当たるのは、つい最近のこと。

 雪深き山里で、悪霊退治の依頼を受けた。その時は、確かに直久が同行していた。

(なるほど……)

 ゆずるの脳裏に、その条件に該当する妖魔、いや、神の顔が思い出される。

「クックック……。ほんに、お前さんは賢いのう」

「山神か?」

 返事をする代わりに、山神は笑う。

「あの寒椿の雪山に封印されていた、山神だな」

 山神は、相変わらず面白そうに笑っている。それをゆずるは肯定ととった。 

「そうまでして、探しているものは何だ?」

「預けていたモノを返してもらいにきたのよ」

「預けていた?」

「小夜にのう」

(小夜に!?)

 千年以上も前貸し借りに、直久が巻き込まれてるというのか。

 少しだけ、直久に同情の念が湧いたが、日ごろの行いが悪いからだ、とすぐにそれを一蹴する。

 相手が特定できたということもあり、いつのまにか、ゆずるに表情が戻ってきていた。

「ならば、それが見つかれば、大人しく直の体を返すか?」

「ほう? そなたが探してくれるというのか? それはありがたいのう。あの社の結界は、なぜかこの者も入ることができそうになくて、困っておったところじゃ」

 山神は小さな社を指さして肩をすくめて見せた。

「探しモノを手に入れたら、直の体から出て行くと約束しろ」

「初めからそう言ってるではないか。体は返すと」

「……分かった。あの社の中にあるんだな?」

 山神の言葉を待つことなく、ゆずるは体の向きを社の方に向けた。

 この社には、一歩も近づいてはいけない。そう言われて育った。

 この中に何があるのか。何を祀っているのか、正確なことは知らない。

 だが、聖地たるこの地に、自分たちの生命を脅かすものが安置されているとは思えない。

(きっと――今より悪くなることは無いはずだ)

 ゆずるは、パンッと胸の前で手を合わせ、呪文を唱えた。そして、自分の体の周りに薄い結界を張る。社に張り巡らされてた結界をすり抜けるためだ。

 そのまま社に近づき、社の木戸に手を伸ばすと、一気に引き開いた。

「だめだっ、ゆずるっ!!」

 祖父の声がした気がした。

 その瞬間、ゆずるの脇をすり抜けて、社の中に手を伸ばす直久の姿が、残像のように見えた。

(――!)

 山神に何かを奪われた。がばりと体を反転させ、振り返った。

 一秒後、大きな破裂音があたりを引き裂く。間髪いれずに、社からすさまじい量の空気が流れ出す。

(結界が――)

 戸を開けたことで自分が社の結界を壊してしまった。そう思った。

 耳元を通り過ぎる風がゴウゴウと啼く。

 目が開けられないほどの、風圧を全身に感じ、よろめくように二歩後退させられる。


 ――おお、有ったぞ。これじゃこれじゃ……。


 山神が手の中の何かを、大切そうに眺め、呟いたと思えば、すっと直久の体から抜け出ていった。

 天高く昇って行く山神の姿を目で追っていると、直久の体が、ぐらりと揺れたのが目の端に映った。

「直っ!」

 その場で崩れ落ちる直久の体を、慌てて抱きとめる。

「ゆずる! その場から離れろ!!」

 再び祖父の声がした。最初に祖父の声を聞いてから、数秒しか経っていないというのに、ひどく長い時間が過ぎたように感じる。

 暴風は、止まる気配はおろか、強まる一方だ。

 舞い上がる土埃や落ち葉が、刃のようになって襲ってくる。目が開けていられない。

「お祖父様ーっ!!」

 なんとか薄め目を開けて声の主を探した。

「ゆずる、早くこっちへ来いっ!!」

 祖父はそう言いながら、自分の周りに強力な結果を張った。その結界の中にゆずるたちも逃げ込めと言うのだ。

 だが、直久の体は意外と重く、思うように動けない。

 仕方なく、瞬間移動を試みる。

「――!!」

 出来ない!!

 なぜだ、瞬間移動が出来ない!!


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