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九の末裔 ~春眠~  作者: 日向あおい
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7 最高に使いたくない最後の手段

 

  7 最高に使いたくない最後の手段

 





「お前、バカだろう」

 直久は思わずソレを指さしながら言った。

 このけったいな格好をした、奇怪な物体は、何をもったい付けて言ったかと思えば――。

(誰が女だって?)

 仏頂面のゆずるのどこをどう見て、女だと言うのだろうか。

 確かに、ゆずるは自分に比べれば細身だし、背も低い。

 だが、細身なのは、体育の授業すら見学するという運動不足のなせる技だし、日の当たらない神社の境内で祈祷してばっかりいれば、真っ白な素肌になるのは至極当然というものだ。

 背丈だって、どちらかというと長身の部類に入る直久たち双子より低いだけのことだ。

 なるほど、ゆずるに男臭いところは無い。それは確かだ。だが、果たして女子っぽい所があるかと言えば、これまた、微塵も見当たらない。百人に聞いたら百人が納得するはずだ。こいつは男だ。

(ったく。ゆずるが女だったら俺も女だっつうの!)

 冗談も休み休み言え。

 いや、冗談だとしたら、なんて出来が悪い。自分だって、もっとましな冗談を考える。

 ああ、嫌だ嫌だ。

 なんだか頭が痛くなってきた。

 直久は、深く深くため息をつくと、首を左右に振り、諭すように言った。

「ちゃんと見えてねえんだろう? お前さ、悪いこと言わないから、その悪趣味な化粧やめたら? 目の周りに星とか書いちゃってるから、よく見えないんだぜ? だいたい、その赤い鼻とか、付ける意味あんの? 邪魔だろう、どう考えても。でかすぎだって。下見えてるのか?」

 だいたい、その格好はなんだ。

 パジャマにしては趣味が悪すぎる。右半身と左半身で色が違う。赤と緑に黄色ときたら、お前は信号かっ! と叫びたくなるじゃないか。

「悪いことは言わないから。もうちょっと、ましな格好した方がいいよ。俺が言うのもなんだけど、見た目で信用を無くすこともあるんだぜ。わかるか? どんなすごい真実だったとしても、その格好で言ったら、だ~~~~~~れも信じないってことだ。ま、今回のは全くもって、ネタ自体がヒド過ぎて、信じる信じないとかいう以前の問題だけどな」

 したり顔で直久が言いきったところで、初めて夢魔の視線が直久の瞳を捉えた。

「――っ!」

 睨まれたわけでもないのに、その冷たい漆黒の瞳に、一瞬、金縛りにでもあったように、指一つ動かせなくなった。

(な……なんだ……)

 直久には夢魔の強大な魔力は見えていない。だが、確かに体が反応していた。

 異様な威圧感。夢魔の視界に入っただけで、自分と夢魔の間にある空気が一瞬で凍りついたのを感じた。

 目が離せない。呼吸すらできない。

 視線一つ動かせないほどの恐怖が、一気に体を駆け上がってくる。

「君…………誰? うるさいんだけど」

 明らかに不機嫌そうに夢魔が言った。まるで、おもちゃを目の前にして、取り上げられた子供のような表情だ。

「それに、君からは美味しそうな匂がしないしねー」

 すっと夢魔の視線が外れた。すぐに、体に自由が戻る。

「っ……」

 震える肺で、どうにか息を吸った。荒くなった呼吸をなんとか落ち着かせようとするが、難しい。

(び、びびった……)

 蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かったような気がした。できれば、一生分かりたくなかった。そうも思った。

 嫌な汗が背中を流れていくのを感じながら、夢魔と対峙し続けるゆずるに目をやった。

 ゆずるはただ無言で夢魔を見据えている。じっと、ただ、相手の出方を見ているようにも見える。

 九堂一族で一番の力を持つゆずるですら、かすかな隙も見せられない、そんな緊張感の中にいるのだ。自分が動けなくなるのも当然だ。いや、下手をするとあの一瞬で自分の心臓が止まっていたかもしれない。そう思うとぞっとする。

 だが、ゆずるは涼しい顔で夢魔を睨み続けていた。その凛とした横顔に、頼もしさすら感じる。

「君が本当に後継者だとすると、あの子はどこへ行ったんだい? 死んじゃったの? もしかして、あの当主のお爺ちゃんが死んで、あの子が後を継いだのかな? そんなはず無いか。だって、あのお爺ちゃんの匂い、まだするもんね」

「……あの子? 誰のことだ」

 ゆずるが唸るように言った。

「名前なんて知らないよ。ちょっと前に、暇だったから君たちの家に遊びに行ったんだ。そしたら、ギラギラした目のあの子がボクに言ったんだよ。もう少し待てって」

 夢魔は、その時のことを思い出したのか、クククと小さく笑った。

「もう少ししたら子供が生まれるから。そしたら、ボクに食べられてくれるって言ってたんだ」

「……子供……?」

 そう呟いたゆずるの顔が、見る見るうちに険しくなっていく。

 何か思い当たることがあるのだろうか。直久も必死に記憶の本棚をひっかきまわしてみたが、もともと在庫の少ない本棚だ。全く見当がつかない。

 首をかしげるだけの直久を置き去りにして、夢魔は尚も話続ける。

「その子の言うことを聞く必要はなかったんだけどね。ボクも油断したんだ。その子は、変な力でボクに命令した」

「……言霊(ことだま)

「君たちはそう呼ぶんだね。ボクは術にかけられてしまって、その子の言う通りにしか体が動かなくなってしまったんだよ。だから、そろそろ約束の時間かな、と思って君の家に遊びに行こうとしたんだ。そしたら、美味しそうな女の子に出会ったんだよ」

 美味しそうな女の子――それが優香か。

 いくらなんでも、その言い草はどうだろう。

 それまで黙って聞いていた直久も、優香をエサのように扱う夢魔に、苛立ちを覚えずにはいられない。

 だが、ゆずるは直久とは違うところで、怒りを覚えたらしい。

「ならば、その“男”のせいで、優香はこんな目にあったってことか」

「あれ? ボク、その子が男の子だって言ったっけ? すごいね、正解だよ!」

 夢魔はわざとらしく、パチパチと拍手して見せた。

 その様子に苛立ちを増長させられながら、直久もあれ? と首を傾げる。

(男?)

 言霊を使う、一族の男。

 何か思い出しそうで、思いだせない。

「てっきりボクは、彼が後継者って呼ばれていると思ってたよ。まあ、その前に、あのお爺ちゃんが、まだ生きてるとは思わなかったけど。けっこうシブトイよね」

(確かにシブトイっ)

 夢魔のくせに、意見が一致した。直久は若干複雑な気持ちを味わいつつ、さらに夢魔とゆずるの会話に耳を澄ました。

「まあ、あのお爺ちゃんも後継者が君じゃ、死ぬに死ねないか。あの子は、かなり強い力を持っていたのに、君じゃねー。あの子の足元にも及ばないよ、君」

「……」

 ゆずるの唇が小さく震えているのに直久は気がついた。よく見れば、顔も真っ青だ。

(待てよ)

 ゆずるよりも強い力を持った、後継者になり得た男。

 ゆずるがこんなに過剰に反応を示す男。

(まさか――)

 直久の頭の中で、たった一人その答えに該当するだろう人物が導き出される。

 しかし、確証はない。

 その人物が言霊という、最大最強の禁じられた能力を持ち合わせていたということも聞いたことがない。

 知るわけがない。直久はその人物に一度も会ったことがないのだから。

 だが、他に該当する人物はいないはずだ。

 夢魔が出会った“男”。

 もうすぐ子供が生まれると言った“男”。

 直久が生まれる前、ゆずるを身ごもったゆりを残して姿を消した――ゆずるの父親だ!!

「さーてと」

 雷に打たれたように動けなくなった直久たちを引き戻すかのように、夢魔がのん気な声を出した。

「ボク、お腹空いてきちゃった」

 夢魔は、一歩足を前へ繰り出した。

 ギクリとなったゆずるも、さっと直久を背中に庇うようにして一歩前に出る。

(ゆ、ゆずる……)


 ――--『夢の中で夢魔と鉢合わせしたら、危険だね。夢はヤツらのテリトリーだから、あっという間に食われるかもしれない』


 弟が笑顔でそう言っていたのを思い出した。喉がごくりと鳴る。

(く、喰われるって、まじかよ!?)

 夢魔がまた一歩前へ進む。

 その目は、明らかにゆずるしか見ていない。

 その夢魔の口元がゆっくり、ゆっくり、左右に引き上がっていく。

(――っ!)

 言いようのない恐怖が襲ってきた。


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