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九の末裔 ~春眠~  作者: 日向あおい
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  おそるべし芳香パワー (2)

「でも、夢の中で夢魔と鉢合わせしたら、危険だね。夢はヤツらのテリトリーだから、あっという間に食われるかもしれない」

「それでも、他に方法が見当たらないから、やるしかない。何をいまさら言いだすんだ」

 ゆずるの顔に苛立ちが浮かぶ。そんなゆずるに、和久は逆に表情を和らげた。

「誰もやらないなんて言ってないよ。僕が行くから、サポートお願いね」

「馬鹿言え、俺が行く」

「だーめ。ゆずるには、万が一、夢の中で僕が夢魔と遭遇してやられそうになった時に、起こしてもらわなきゃ」

「駄目だ」

 ゆずるは和久の言葉を、ばっさり切り捨てた。

「俺が入る」

「だめだめ。そんな危ないこと、ゆずるにはさせられないよ」

 不意にゆずるの眉がピクリと釣り上がる。

「どういう意味だ?」

 それは、それまで黙って二人の顔を交互に見比べながら、耳を傾けていた直久にもわかるほどの怒気を含んでいた。

「どういうって?」

 和久の目がわずかに泳いだ。だが、その小さな動揺は、直久にも見破ることができないほど巧みに、和久の笑顔の下に隠されてしまう。

「俺が――」

「違うよ」

 ゆずるの言葉を遮るようにして、和久が言った。そして、いつもの優しい笑顔で続ける。

「ゆずるが次代だからじゃないか。次代に何かあったら、僕がどやされるじゃないか」

 どうやら怒りは収まらないらしく、ふいっとそっぽを向いて、ゆずるはまくしたてた。

「お前が夢の中で夢魔と遭遇するより、俺が遭遇した方が助かる確率が高い! お前なんか、一瞬で殺されるぞ。逃げる暇なんかない!」

「そうかもしれないけど、でも、ゆずるを危険にさらすより、ずっといい」

「冗談じゃない! じっとカズが死ぬのを待っていろというのか!? 逆だろう! カズも優香も守れないようなら、当主になる資格なんかない!! 違うのか!?」

 睨み合いを続ける弟と従兄の顔を、直久は交互に見比べた。その険悪な雰囲気に、口をはさむべきか、少し悩んだ。

 だが、たいてい、直久が首を突っ込むと、物事は悪化するので、今回は自粛したほうがよさそうだな、と結論を出した時、和久の深いため息が聞こえてきた。 

 ゆずるの気迫に、ついに和久が折れたらしい。

「予想はしてたよ。そう言うだろうと思って、直ちゃんを連れてきたんだ」

「なに?」

「へ?」

 ゆずると直久が同時に声を上げた。

「直ちゃんを連れて行ってね」

 和久の言葉に、再び同時にゆずると直久は口を開いた。

「ほ?」

「いらない」

 まったく話の流れが見えない直久は、ぽかんとなった。

(今、俺が出てくる要素あった? カズでも死にそうなほど危険な相手なのに、なんで俺が呼ばれるわけ? ていうか、イラナイって、俺、今言われた? 直ちゃん、ちょっぴりしょっくー……)

 わけがわからずにゴミ扱いされた直久は、弟へ救いを求めるように視線を送ったが、説明の言葉を得ることはできなかった。

 弟はただ微笑んで、ゆずるに言い放った。

「直ちゃんを連れて行ってくれなきゃ行かせないよ」

 言葉は柔らかいが、有無を言わせない強さがあった。だから、ゆずるも少しトーンダウンせざるを得なかったようだ。

「直が、何の役に立つんだよ」

「いざって時に、盾になると思う」

「た、盾だーあー?」

 猫以下扱いされたと思えば、ついに、生き物でもなくなった。さすがの直久も聞き捨てならない。思わず目をひんむいて弟に抗議しようとしたが、弟はするりとそれをかわして、ゆずるの正面へと回り込む。

「それにね、ゆずる。直ちゃんは、盾だけじゃなくて、他にも利用価値があると思うよ。

 例えば、直ちゃんと僕の体をリンクさせるんだ。直ちゃんがケガをすれば、その痛みは僕にも届くようにするんだ。そうすれば、どんな危険な目にあっているのか、すぐに分かるし。

 “万が一”を僕に伝える合図になるでしょう? 目を覚まして欲しいって時は、直ちゃんをぼっこぼこに殴ってくれればいいわけだから」

 さらりと弟が言うので、直久は一瞬何を言われたのか分からず、言葉に詰まった。

(待て待て待て! 今、すごい酷いこと言われてないか!?)

「おいこら、ちょっと待てぃっ」

「なるほど……」

 また、直久とゆずるのセリフが同時に口を開いた。

「あのなぁ。俺は一度、カズに聞きたいと思ってたんだけど、お前、俺のこと何だと――」

「ごめん、直ちゃん。その前にちょっとこっちむいて」

 無残にも、直久の抗議は一瞬で切り捨てられ、直久はショックでコイのように口を開閉している間に、和久が直久の顔を自分の方へ向かせだ。そして、その細くて長い人差し指を直久の額に滑らし、流れるような動きで何やら文字を描いてしまう。

「はい、できた」

 呆然とする直久に、満面の笑顔で弟が念を押した。

「いい、直ちゃん。くれぐれも気を付けてね。直ちゃんがケガすると、僕も痛いんだからね」

 なんてことだ。有無を言わせずに、その理不尽な術をかけられてしまった。

 いつもは、ほっとする和久の笑顔が、今はひどく恐ろしいものに見えた。

(そうなのよ。いつだって、僕ちゃんには選択権はないのです。とほほ)

 心の中で死語をぼやきながら、がっくりと項垂れた直久の目の前に、突如、誰かの手が差し出された。

 何だ? と顔を上げると、ゆずるが仏頂面で、こちらに左手を突き出しているではないか。

(な、なんだ!? まさかこれは……!?)

 しばらく、その差し出されたゆずるの掌と、ゆずるの顔、そして和久の顔を順番に見まわしながら、直久は思案する。

 数秒後、何かを諦めたように深いため息をひとつこぼした直久は、まるで叱られた犬のように上目づかいになって、握りこぶしを作った右手をゆずるの掌にのせた。

「ワン!」

 その場に冷たい沈黙が流れる。

 少しだけ目を見開いて、驚いたように直久を見つめていたゆずるの顔は、見る見るうちにうんざりしたような表情に変わっていき、ついに口元がひきつりだした。

 そこで、直久は事態を把握する。

「…………えっ、“お手”をしろって意味じゃ!?」

「なんで俺が、お前と愛犬ごっこしなきゃなんねーんだよ」

「新手の羞恥プレーかと……」

「アホかっ!! 今そんな状況か!? てか、その前になんでそんなことを俺がお前としなきゃなんねーんだ」

「だ、だから。今、すっごい悩んだんじゃん。俺、すっごい葛藤してたじゃん。プライドを捨てて、犬になりきったじゃん。もうちょっと褒めてくれてもよくない?」

「勝手にボール遊びでもしてろっ!!」

 直久とゆずるのやり取りを見ていた和久は、堪え切れなかったのか、ぷっ、と吹き出した。

 それをしり目に、ゆずるが苦々しい顔で舌打ちをし、乱暴に直久の腕をつかむ。

「たくっ。行くぞっ!」

 ああ、なんだ。手を繋げという意味だったのか。

(だったら、そう言えよ~。あーびっくりしたぁ~)

 と、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、はたと直久は気がつく。

「手、繋いでいくんですかいっ!? 男同士でっ!? 冗談でしょっ!!」

「こっちだって、好きで繋ぐんじゃない。お前が、どこか別の次元に吹っ飛んで、帰ってこれなくてもいいっていうならいいんだぞ、手を繋がなくても」

「繋ぎます! 繋がせていただきます、喜んで!」

 慌てて直久は、両手でゆずるの手を掴む。

 それを見ていた和久は、いよいよ可笑しいというように、お腹を抱えて笑いだした。

「カズ、うるさい!」

「ごめん、ごめん。さ、仲良く行っておいで~」

 ゆずるは、からかうような和久を完全に無視して、優香の眠るベッドに向き直る。その顔は、すでに険しさが浮かんでいた。だから直久も、顔を引き締める。

 集中力を高めるためか、ゆずるが、ふう、と一呼吸置くと、優香の額に右手を置き、ゆっくりと瞼を閉じた。そして、何やら呪文を唱え始める。

 すぐに、ゆずるに合わせるようにして、背後から呪文を唱える和久の声が聞こえてきた。

 そう言えば、いつの間にか、部屋にはラベンダーの香りが充満している。見れば、直久が適当に買ってきた五種類のメーカーの芳香剤が開けられていた。術で和久が一瞬で開けたらしい。なるほど、銀紙をはがす苦労を知らないはずだ。

 なんとなく、瞼が重くなってきた。

 ゆずるの澄んだ声が、さらさらと流れるように耳から入り込み、全身を満たしていく。

 ふわふわしてきた。

 心地よい。

 何よりこの香りが……。

(……トイレの……匂い……め……)

 直久は……誘われるままに夢の中へと落ちていった。





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